以前、思いが強すぎて
伝えたいことが感覚的に
あふれすぎて
言葉への変換の仕方がわからなくなって
伝えたいことはたくさんあるのに
好きだって具体的なところもたくさんあるのに
一切言葉が出てこないという体験をした。
好きな作家さんのサイン会で。
好きです大好きですがあふれて
それがのどにつかえたように
全然言葉がでてこなくて
結局全然伝えられない。
いつも私を別の世界に連れていってくれる
そんな作品を書いてくださる作家さんが
目の前にいるのに何も言えない。
とてももどかしかった。
過去そんなことがあって、別の作家さんだけど
サイン会に参加させて頂けることになったので
今回は手紙を書いた。
ひさしぶりに手紙を書いた。
こんなにたくさんの文字を
手書きするのは久しぶりだった。
和紙な便箋と封筒がいいなぁ。
淡い色合いのものがいいなぁと思って決めた。
手紙を書こうと思うまでの過程や
便箋と封筒を買いに行って選んだことや
うんうんうなりながら手紙を書いたこと
端からみたらものすっごく気持ち悪いかもしれないけど
私はずっと真剣だったし
それに関するいろいろをしているときは
ずっと『すんごい好きゲージ』が振り切れていたと思う。
思いを伝えようとして表現するって
すごく大変なんだと思ったと同時に
でも結局落ち着くところは「好きです」
ってことなんだろうなって思った。
なんとなくback numberさんの歌詞を思い出した。
そこには好き、大好き、触れたい、自分のものにしたい
他の人のところに行かないで、僕だけを見ていて
とかものすっごくいろいろな思いがあふれているけど
歌詞はものすごくシンプルで
だからこそ切れ味抜群の刃物で突き刺すくらい
なんの抵抗もなく心に刺さってくる。
切られたことにも気づかないくらいに
するっと入り込んでくる。
あぁ、素敵だなって思う。
結局いろいろをそぎ落として
すごく純度の高い
ものすごくシンプルなものが残って
でもそれをちゃんと受け止めようとしてくれる人がいて
その人が受け取ってくれたら
それがあるべき姿で正しいことなのかなって思う。
私の好きは一方的な好き。
それはそれで幸せだけど
好きを応えてくれる人がいたら
表現しきれないくらいに幸せなんだろうなって思う。
でもそれを期待したと同時に
一方的で満足できていた自分が塗り替えられて
しんどくなるんだろうなって想像する。
それを想像したとき、対象がいるってことは
それだけで幸せなことなのかもしれないけど
私だからきっと求めてしまうだろうなって思う。
一方的でしかありえないそれだからこそ
今は今で平和に幸せ。ありがたいこと。
誰々が好きだからとか
今流行ってるからとか
みんながいいって言ってるからではなく
自分からあふれてくる感覚や感情を
大切にしていきたい。
まずはそれが大事だし
それが一番強いと思うから。