3月11日
入院していた父が退院するので、宮城に帰りました。
おりしもこの日は、東日本大震災からちょうど1年を迎える日。
高速バスはどれもほぼ満席、仙台の市内も人であふれかえっていました。
全国から、世界から、震災1周年を向かえる東北を訪ねてきた人たちがそこにはいました。
父を病院に迎えに行く途中、半年ぶりにわが故郷、名取市の沿岸部、閖上地区を通りました。半年前から比べるとだいぶきれいになってはきたものの、そこにはいまだに打ち上げられた船があり、生活の気配はまったくなく、「復興」とは程遠い世界が広がっていました。
瓦礫の山も相変わらずの状態で、「この地区が再び町と呼ばれるようになるには、いったい何年かかるんだろう?」と思わざるを得ませんでした。
仙台の市街地や、私の実家の周りなどは、いまでは当たり前の生活がおくれています。しかし、私の母は、テレビで震災特別番組を見ていて「もうこんなものは見たくない。やめてほしい。」とつぶやきました。
また、近所の先輩の家を訪ねたとき(その先輩は自衛官です)、その先輩自身が震災後の活動でうつ病となり、ようやく立ち直ったとのこと。また、震災直後の津波の様子をヘリコプターで撮影した同僚の自衛官が、その後ノイローゼ状態になり、最近ようやく職務に復帰したという話も聞きました。
1年前の地震の後、東北の人たちはそれこそ死に物狂いで生きてきたと思います。
身内や知人を亡くし、それでも一生懸命生きてきて、ふとわれに返ったとき、とてつもない寂しさや悲しみに包まれているのではないでしょうか。
「3.11を迎えるのがつらい」そんな声を聞きます。今日の仙台のテレビ番組はどこをみても1日中震災特番です。
きっと全国こんな感じなのでしょうが、被災した人たちはこの番組をどのように見たのか?
あちこちでイベントも開かれています。
しかし、私は思いました。多くの被災者は「3.11は早く通過してほしい」と思っているのではないか・・・と
いろいろな考え方があると思いますが、この震災が「思い出」となったときには盛大なお祭りをやってもいいと思いますが、いまはまだ3.11は静かにすごしたほうがいいのではないか、と私は思います。
震災1年後の故郷の現状、これからも病気療養が続く父の状況を目の当たりにし、いろいろなことを考えさせられた3.11の帰省でした。
シンプル生活
佐藤 晋一