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簡素な暮らしーSimple of life

日々の暮らしの中での”シンプルな”そして”簡素な”ものやことについて綴っています。





ある仕事で設営をしていたときのこと。
その場にはアンティークの家具や雑貨を売ることを
生業としている人たちが沢山居た。

雑多に置かれたモノたちを
アルバイトの子が必死になってディスプレイしているのを
私は自分の仕事をしながら見ていた。

その時感じたのが
一生懸命に仕事をしているのは傍で見てよくわかるのだが
各位置に置かれているモノたちが
なんだか居心地悪いような・・・
そんな印象ばかりが気になっていたのだ。

そんなとき、私の横で

「美しくないッ!」

とピシャっと言いのけた私の友人がいた。
彼はアンティークショップを営み、
店舗や部屋の内装なども手掛けている。
彼にはあのモノたちの”声”が聴こえたのだろう。

なんでそんなことを言われたのか
皆目見当もつかなそうにしているバイトの子を後目に
彼は無言でそこにあるモノたちに触れていった。
雑然とした雰囲気の中、
まるで息を吹き返したように
”それぞれの立ち位置”を知っているかのように
モノたちを置いていく。

ある時は規則正しく、
そしてまたある時は崩してみたり、
ちょっとだけハズしてみたり・・・

そのリズムと物語を目の当たりにしているような、
そんな空気感が
急に私の目にも心地よさを感じられたのだった。

”美しさ”
というのは嗜好品と同じで
人によって感覚や捉え方が千差万別だ。

ある人はきちんと揃って秩序を感じさせるものを
美しいと言うだろうし、
またある人は輝いていたり、光を放つものを、
真新しいものもそうだろうし、
時を経たものや朽ちてゆくものを
美しく思う人だっている・・・

また何かを”美しい”と感じる時、
その背景によっても異なるだろう。

このときの私の友人は
今、この時に最高に美しい結果を出そうとして
先の言葉を言ったのだった。
無言で、そして真剣に
モノと向き合っている彼自身も美しかった。

その前日、この友人は私の家に
自分のの実家へ帰る途中、やって来た。
普段は東京よりちょっと離れたところに仕事場を持っている。
時を忘れてたくさんの話しをして
たくさん笑ったりもしたが
「ね、ちゃんと休みを”休み”として取ってないでしょ?
僕も人のこと言えないんだけどさ。
”仕事”が”暮らしの一部”になってるよね。
けどさ・・・いい仕事する為には
休む時は本気で休んで
思いっきり羽伸ばさないとうまく飛べなくなるよね?」
と彼は私にこう尋ねてきた。

「なんでわかったの?」
と聞いてみると
「だって!なぁんかあなたを見てると自分を見てるみたいなんだもん!」
と私を見ながら彼は子供っぽく笑った。

自分の審美眼にかなったものを
常に自分の身近に置き、
それを更に磨きをかけたらどう美しくなるか?

その答えは
案外、シンプルなものなのかもしれない。
とはいえ
”何をもって美しいと言うか?”
”どんな状態が美しくないのか?”
きっと永遠に自分に問いかけてみる
質問のひとつなのかもしれない。

そして今日も”美しさとは・・・?”という
キーワードが頭をよぎるのだった。