
つい最近のことだが
自分の身の周りに変化が起きそうな、
そんな連絡が友人から届いたので
急遽、部屋の片づけを始めた。
それは、それまでさほど気を使っていなかった
ランドリールームなのだが
掃除道具やら、年に何回か使わないものなども置いてあり、
納戸のような役割も果たしていた部屋だ。
そこにあるものを一切合財、
洗濯機以外は部屋の外に出してみた。
そしていつも通り
「これ、本当に必要???」
と自問自答が始まった。
よくよく見直せば
統一できるものや不要なもの
別のもので代用できるものなどが
どんどん浮かんでくる。
そしてそんな考えが浮かんだ途端に
次は不要なものがどんどん出てくる。
どんどん、空間が簡素になっていく。
それと同時に気持ちが軽くなって
所有物が減った分、気分もラクになる。
すっきりと光が更に美しく入る空間になって
これからこの空間がどんな風に変化していくのかを
想像したりもしてみる。
シンプルで簡素な空間は掃除が本当に楽。
磨いていると更にその空間が
広く感じてくるのだ。
そして清潔になる訳だから精神衛生的にも、良い。
毎回、思うことだが
自分の人生の中で必要なものというのは
これほどまでに少ないのか、と。
ひとつのもので、様々な使い方ができ、
”モノ”をフルに使うことができれば
そのモノ自体も大切にするだろうし、
更に考え方や視点を柔軟にすれば
新たな使い道やアイディアも浮かんでくる。
新しいものや魅力的なものは
ひと昔前よりも遥かに私たちの目の前に
「これでもか!」と沢山、情報として入ってくる。
そしてそれを自由に選べる権利をも私たちは持っている。
その選択の自由の下には責任も伴っている訳だが・・・
モノを整理し、処分するにあたって
私は「これはいくらで買ったんだから・・・」というような
想いは幸い、持ち合わせていない。
それが例え高額なものであっても
本当に必要ないのであれば
持っている意味もないし、
それに価値観を見出している人に譲るなりすれば
またそのモノは息を吹き返すだろう。
そうして廻り巡った方が
自分自身もモノ自体も快適な気がするのだ。
床も壁も磨いて
高い天井を見上げてみると
何とも言えない爽快感が湧く。
次の変化(成長)が今から楽しみだ。