シンプルで美しい日常 ”聖者たちのの食卓” | 簡素な暮らしーSimple of life

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日々の暮らしの中での”シンプルな”そして”簡素な”ものやことについて綴っています。





先日、”聖者たちの食卓”という映画を観てきた。

ナレーションもセリフもない。
ただ、1日約10万食分の豆のカレーを
約300人ほどのボランティアが作り
寺院を訪れて来る人に無償で提供するのだ。
カレー、チャパティ、副菜、飲み物
全ておかわり自由。

用意ができるまで入口にはロープが張られ、
皿を持った人たちがまるで”Saleの初日”の如く並び、
ロープが取られたと同時にわーっと中へとなだれ込んでいく。
ただ、どこかの国の人のように
押し合ったり、ケンカなどは発生しない。

食事の後は皆で食器を片づけ
次の人たちの為に床には水が捲かれ、
床を磨く傍ら
彼らが座っていたマットもジャブジャブ洗う。
食器は丁寧に洗浄した後、
磨き粉でピカピカになるまで磨くのだ。

そして何もなかったような状態に
寺院の中はあっという間に戻り、
またまっさらに磨かれた床の上に
清潔な長いマットが敷かれ、
食器を手にした人たちが次々と入ってくる・・・
同じことが1日中繰り返されるのだ。

ちいさな子供も、年老いた人たちもここでは平等。

食べて、掃除して清潔な状態に戻す。
その繰り返し。

とてもシンプルなことだが
すごく心を打たれた。

食事や飲み物を入れたりする仕方は雑だが
それでも効率よく、
配膳する人は常に食事をしている人達が
おかわりを必要としていないか
身回り、そして声をかける。
全てのものを受け取る時、
彼らは老いも若きも恭しく両手で受け取る。
その所作が美しかった。

そしてその寺院の柱や柵など細部に至るまで
食事をしに来た人たちが食後に磨いていく。
常に何かに対して誰かが手をかけているので
全てが清潔で美しいのだ。

何か見返りを期待するでもなく、
無償だからとぞんざいになる訳でもなく
ガサツに見える行動もよくよく観察していると
実は丁寧なのだ。

大きな映画館でロードショー公開するような
派手な作品ではない。
でも、自分の日常生活や行動の仕方、
はたまたものの見方や考え方まで覆されるような
そんな深い”何か”を貰えた65分間だった。

今年はもうひとつ。
シンプルで淡々とした修道院の日常を綴った
”大いなる沈黙へ”
という作品も同じような感動を覚えた。
これはかなりの長編。
やはり静寂の中でのシンプルな日常。
レンブラントの作品のように美しい陰影と光が心に残った。

どうも私はシネコンの作品よりも
単館上映の作品を観に行くことが多い。
DVDでも出るかもしれないが
やはり、映画は映画館で観た方が
感動も観た後の余韻も全く異なるものなのだ。

1日の生活の中で
どれだけの無駄を削ぎ落とせば
ああも美しく暮らせるのだろうか?
それ以上も、それ以下もない。
ただただ美しい、そして普遍的な日常。
欲というものは不思議と見当たらず
かといって惰性ではない。
自らが選んだ簡素な暮らし方。

こうした作品は大人はもとより
小学生以上の学生に学校で観てもらいたい。
今の自分がどれほど物理的に恵まれていて
でも、果たしてそれが今の自分に見合っているのかどうか?
確かに彼らの生活は刺激の少ない日常だ。
でも、そんな中で生きていることの意味を
体感することによって知ることのできる素晴らしさ。
まだ大人になる前の
その瑞々しい感性で感じ取ってもらえたら
もしかしたら私たちの今の状況も
少しずつ、いい方向へと変化していくのではないだろうか?