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簡素な暮らしーSimple of life

日々の暮らしの中での”シンプルな”そして”簡素な”ものやことについて綴っています。





幼いころから手紙を書くのが大好きで
同年代の友達や母世代の方、従兄や伯父など
さまざまな人と手紙を通して交流を深めてきた。

だから今でもメイルやLineのやりとりも早くていいのだが
手紙が届くまでの、またポストに手紙が入っている時の
ワクワク感が大好きでいまだに
何人かの人とはあえて手紙でやりとりをしている。

郵便局で記念切手を選ぶのも楽しいし
旅行先や美術館でポストカードを購入しておき
文房具店では便箋と封筒を購入し
この人にはこのカードで書こう!とか
この便箋なら毛筆!などと
相手が受け取る時を想像しながら
”書くもの”を選んだり、文章を考えるのだ。

アナログなことだが、昔は皆、そうしていたのだ。

”速さ”を追求することはできないが
待っている時間や手元に届いた時の
あの何とも言えない時間は
もしかしたら経験した人にしかわからないかもしれない。

封を開けた時に仄かにいい香りがするようにしてみたり
季節の花やこれからなら
気に入った紅茶のティーバッグや
紅葉した葉を押し花にして同封してみたり
”ちいさなサプライズ”を企むのもまた一興。

また美術館や博物館へ赴いたり
映画館へ行くのもいいものだ。

最近はすぐにブルーレイやDVDになって
レンタルされるが
やはり映画館でしか味わえない迫力や感動がある。
美術館や博物館に関しても同じことが言える。

映画館に関してはシネコンではなく
むしろ単館ものの作品や
往年の監督の作品を集中的に集めたイベントに行く機会が多い。
上映期間も上映時間も決まっているから
その日時に行くことがなかなか至難の業である時も
多々あるのだが
なんとか仕事の時間などを調整したりするのも
映画館に行くまでのワクワクに入っているし、
こないだはたまたまTVで好きな画家の展覧会を
今やっていることに気が付き、
その日の午後にはその展覧会の場にいた・・・
なんていう時もある。

なんでも便利になって
時間もどんどん速く感じられてしまうが
こうしたアナログな作業
(手紙を書く
映画館や美術館、博物館などへ行く
コトコトと時間をかけて煮込み料理をする
活字の美しさや紙の手触りや匂いを感じながら読書するなど)
はかえって気持ちが豊かになれる気がしている。

30年前、いやもっと昔の100年前の人たちの生活の方が
はるかに不便だったと想像するが
今よりも当時の人たちの方が
想像力は比べ物にならないほど豊かで
時間の過ごし方も今よりももっと余裕があったはず。

急いだからと言って
昔の人よりも沢山のことがこなせる・・・
などと言いきれないと私は思っている。
スピードがあればあるほど
直感力は付くのかもしれないが
その中身はなんだか薄っぺらいような
そんな風になってはいないだろうか?と想像する。

バカバカしく思えることでも
丁寧にやってみれば
何か早くできるアイテムを使って
人間味や心を感じさせないものを作るよりも
遥かに気持ちの充実感や達成感は違うはず。

ハイテクもいいが、たまにはアナログを見直してみるのも
悪くないと思っている。

知り合いの小説家が
「最近の作品ってネットで調べたまんまの資料を使ってるのが
目に着いちゃって、内容に重さを感じなくってさ、
立ち読みでいいやぁ・・・なんて思っちゃうんだよね。
自分は本が売れないとごはんが食べれないくせにね。」
と笑いながら話していた。
彼はいまだに図書館をハシゴしながら
参考資料を自分の足で探し、
それらの文献にひたすら目を通して
ひとつの作品をコツコツと作り上げていく。

私もそうしたスタイルでものを書くようにしている。
その方が自分でも不思議と”しっくり”くるのだ。
だから手紙を書くのも
大好きな行為のひとつなのかもしれない。

・・・そう言えば
私の家族も筆まめだ。
実家が近くて良く会うというのにもかかわらず
いまだに季節の節目には実家から毛筆で便りが届いている。
今の生活のほんの一部をアナログに戻すのも
案外、色々な発見もあるものだし、
内面的にも収穫はあるはず。
「こんなのも悪くないかも・・・」と。