私は個人商店で日常の買い物をするのが好きだ。
個人商店では購入したいものに対し
店の人との会話を通して
その品の扱い方、また他の品に関しても
さまざまな情報を得ることができるからだ。
そんななか、特によく足を運ぶ八百屋がある。
朝は自分で作った国産のキヌアやナッツ、ドライフルーツを
入れたグラノーラをヨーグルトと共に食し、
昼は仕事前なので果物など軽めなのが多い。
夜ともなると仕事が早く終わった日や
休日や大切な人と食事をする日は
ゆっくりと摂る・・・
ずいぶん前の話になるが
精神的に滅入っていて
それまで食べることが大好きだったのに
その行為をしようとする気すら起きなくなってしまった事があった。
おなかは空くが「食べたい!」という
気持ちが起きず、口にしようと食べ物をそこまで運ぶが
「いいかぁ・・・」とやめてしまうのだ。
そんなときのこと古い付き合いのある医師に
「”食べる”って行為はね、本当は強い意志と体力がいるの。
”食べよう!”という強い意志と、実はかなり体力を消耗する
”咀嚼”という行為・・・」
そう言われて面食らった。
私たちが生きていくうえで何の意識もせず
ただただ無意識にしている行為のひとつである
”食べる”という行為。
それを強い意志と体力がいるなどとは!
人は「ラク。」と感じたことは
本能的に続けてしまうらしい。
だから食べない、という事が本人にとってラクであると
認識してしまえば、例え食べなくても
なんとかなってしまうらしい。
だが、そんなある日。
仕事でさまざまな食材を買い求めていた時に
その店なら探している食材が手に入るはず、
と前述の八百屋へと足を運んでみた。
一歩店内に入ってみると
食べないことが日常になりつつある私を
その店がすっかりと変えてしまったのだった。
清潔な店内には
瑞々しい生産者のわかる野菜や果物が並び、
それらを目にした途端、「食べてみたい!」
という気持ちがムクムクと自然に湧いてきたのだった。
買い物から帰るや否や
購入してきた瑞々しい野菜や果物を手にし、
私は自然と口に運ぶことができた。
口いっぱいに広がった
野菜が持つ土や緑の香り、甘さ、そしてほろ苦さ。
「命をいただくってありがたい・・・」という感謝の気持ちや
大げさだが「生きているんだ。」といった喜びを噛みしめ
私は食べながらキッチンでひとりで、泣いた。
噛めば噛むほど味や香りは口の中で嬉しい変化を遂げる。
果物にしても甘さや酸味、
ほとばしる果汁、
そしてキッチン中に広がる爽やかな香りが
私の口元をにんまりと緩め、
気持ちを一口ごとに穏やかに鎮めてくれるのがわかった。
シンプルなことだが
幸せって
日常のこんな些細な出来事の中に
日々隠れているものなのだ。
そんな経験をして以来、
素材が良ければ食指も動くし、よく味わうことによって
消化も良く、ケミカルな調味料が不必要。
余計なものを購入する機会はグッと減る。
そんなことが痛いくらい感じるようになった。
シンプルなレシピほど
素材の良し悪しや鮮度とが味と比例する。
良い食材ほど強い味付けはさほど必要はないのだ。
どんなものでも価格の安さ、高さには
背後に必ず理由が潜んでいる。
端正に手間ひまかけて、心をこめて作られたものは
その価格に比例するのだ。
店頭で自分のアンテナにひっかかったものを
まずは手にとって見てみる。
そして匂いを嗅いでみたり
作り手の情報などその品の背景がわかるようなものがあれば
一読してみるのも良い。
「あぁ、そんな背景があって今、ここに並んでいるのか。」
と納得もできるから。
そして自分が購入するに当たり
今、必要なのか否なのかも考えながら・・・
買い物ひとつとっても
生活全般においてシンプルにしたり
簡素化する、ということは
そういうことなのだ。
そして、それほどまでに強い意志と体力を必要とするのなら
「普段、何を食べているのか言って御覧なさい。
そしてあなたがどんな人だか言って見せましょう。」
という名言を残したブリア・サヴァランに倣い
自分自身をデザインする為に
身体の中へと入っていくものに気を遣ってみよう!
という気持ちがフツフツと湧いてきた。
朝食のグラノーラに入っているキヌアもそうだ。
仕事で生産者の元を訪れる機会があり、
彼の話を聞くうちに自然と毎日キヌアを体内に摂取するとしたら
グラノーラだ!という答えが出た。
「私ら、こうして毎日作物の成長見守っていても
誰が一番エラいって言ったら”おてんとさん”なんだよ。
いっくら私らが頑張っても”おてんとさん”には敵わない。
私らはあくまで作物の成長の手助けはできても
そのできあがりは毎年違う。
自然が相手なんだから当たり前なんだけどね。」
と彼ははにかむように笑った。
どんなものを食そうと構わない。
それが明日の自分になるのだから
どんな自分になりたいかは自分自身が決めることだ。
カフェインを控え、白湯をたくさん飲み、
朝のグラノーラから始まり
旬の食材を摂ることを心がけ、
勿論、外食も愉しむ。
そんな食生活を繰り返してきた時のことだ。
実家に毎週来てくれて施術してくれるマッサージの先生に
「ここ半年間、頑張って食生活を変えたのですね。」と言われた。
何故かと問いかけてみれば彼女曰く
ひとの体内は摂取するもので変化していき
その積みかさねが半年後には
その人の内面にも外面にも出てくると言う。
「それだけ普段の食生活は大切なんですよ。」
と彼女は言った。
確かに基礎体温は上がり、
汗もしっかりかくようになってきた。
(昨年の猛暑でもさほど汗をかかなかった自分を
振り返るといささか恐ろしくなってくるほどだ。)
”食べる”という特にこれといった意識もせずに
普段、私たちがしているごくシンプルな行為だが
何かの機会に見直してみるのもいいし、
また近しい人と話し合ってみるのも一興だと思う。
誰だって明日の自分は
今日の自分よりも善くなって欲しいと願うはずだから。
