グレイスフルスイーツ「美しく美味しく優美な食後感がコンセプトの新しいお菓子」 -6ページ目

クランブルケーキ

もうご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、

8月1日より

グレイスフルクランブル レッドルヴァーブ

の通信販売が始まりました!!!


グレイスフルスイーツ「美しく美味しく優美な食後感がコンセプトの新しいお菓子」


何度も試作を重ね

完成した

クランブルケーキ★


週末限定の店頭販売のみでしたが、

ついに通信販売開始いたしました!!



手みやげにもオススメですし、

もちろんご家庭で、家族皆様で

お召し上がりいただけます♪



そして、昨日

記念すべき第一号のご注文が入りました!


ありがとうございます。


心を込めてお作りいたします。



みなさまからの

ご予約承り中★

ご注文はコチラまで!!!!

staff.HARU

アフタヌーンティー

こんにちは。

今日もお天気は雨のようですが


本日アフタヌーンティーのご予約を

多くのお客様にいただいております♪



雨の日に、わざわざお越しいただく事に、

感謝の気持ちでいっぱいです。

いつもありがとうございます。



7月、8月のアフタヌーンティーは


『トロピカルアフタヌーンティー』です!

$グレイスフルスイーツ「美しく美味しく優美な食後感がコンセプトの新しいお菓子」


今回は

夏らしい

黄色&オレンジ色をベースに

元気が出るような色合いでお作りしております♪




残り一ヶ月、
この時期にしか食べれない

トロピカルアフタヌーンティーのご予約、

まだまだ承り中です!



優雅なスイーツタイムをお過ごしください♪


staff.HARU







ファッションエッジさん

グレイスフルスイーツ「美しく美味しく優美な食後感がコンセプトの新しいお菓子」

美容業界の専門誌のファッションエッジさんでご紹介していただきました。
美容院で美容師さんが見る業界紙なので本屋さんでは手にはいりませんが

いきつけの美容院でチャンスがあったら見させてもらってくださいね♪

グレイスフルスイーツ物語 〜GIFT OF NATURE〜

オーナーパティシエでもある代表の水野。
自由が丘の駅近に店を構えもともと製菓学校や有名菓子店などで
修行をしたことは一切なく独自の理論と哲学によって
常識にとらわれないお菓子づくりでイノベーションをもたらす異端のパティシエ。

水野がグレイスフルスイーツという「お菓子」にたどりつくまでの物語

1979年2月11日 愛知県名古屋市 水野家の長男として誕生
少年時代は、ゲームが大好き少年で
特にドラゴンクエストなど魔王の悪の力から世界を救うといった
世界を平和にするRPGゲームに特に心を惹かれていた。
そして小さな頃から、苺が大好きでもあった

自然といつかコンピュータの世界で仕事をしたいと思うようになり
その道を志し、大学 専門学校にて国家資格も取得していったのですが
学生時代の二つの出来事が人生を大きく変えることになります

【人生を変える2つのこと】
大学時代 4年間続けたラーメン屋さんでのアルバイトのこと
常連のお客様の一言で人生が変わる

「水野くん、男にとって仕事は、寝る時間より、恋人や妻や子どもと過ごすより、
人生で一番長い時間だから、仕事がつまらないと人生がつまらない。仕事を楽しめる男になるんだよ」

それ以来、深夜のラーメン屋で見える世界が変わってしまった。
仕事帰りに食べにきて、情熱を持って夢を語る大人たち、愚痴を語っている大人たち
同じ社会人の大人でどこで2つの人種に変わっていくんだろう。

それから卒業までの1年半、深夜のラーメン屋でお客様との会話の中でいろいろ学ぶことになる
仕事は、自分の望む職種につけるとは限らない、望む企業に就職できるともわからない
ずっと楽しい職務だったのに、突然の辞令で望まない職務になってしまった等。。。
それでも人生で一番長い時間を過ごす「仕事」を楽しめる男になるにはどうすればいいのか。

見つけたこたえは

「目の前に与えれたどんな仕事でも大好きになれる能力を身につけること」

そしてもうひとつは、21歳のときネットワーク地球村の高木善之氏に出逢い
世界を優しく美しく変える生き方を教えてもらったこと

1事実を知る、できることを始める
2環境にやさしい生き方(ライフスタイル)をする
3基本理念は「非対立」(抗議、要求、戦いをしない)
 事実を伝え、問題解決を提案する
 腹を立てず、悩まず、心おだやかに生きる
4自分の実践を通して、社会を変える人になる
5意識、価値観の転換、ワンネス(すべてがひとつという意識)

しかしながら、理想とは裏腹に現実では全くうまくいかない。
腹も立てるし、トラブルばかり、そもそも心おだやかに生きることすら
どういうものかわからない。
答えを求めて、環境問題の活動や平和の会議などいろいろと足を運んだが
すべての人が正しい事を言っているのに、そこにすら争いがある
20代の水野にとって、今まで天才と言われる人がたくさん挑戦してきて
実際なっていないわけだから、やはりそんな答えはないのかもしれないと
あきらめはじめ、普通に社会人としての一歩を歩み始めた
でももし、10年たって30の大人になって
まだそんなことを考えているようだったらその道で生きようとだけ自分に言い聞かせて。

そこでの大きな転機は後に水野の妻となりパートナーとなるあつ子との出逢い。
生まれた育った環境も、性格も、正反対の二人。
生まれたときから家族でも彼女一人だけ肉を全く食べない生活をしてきた
ベジタリアンな彼女から一冊の本を渡される

「地球と人類を救うマクロビオティック」たま出版 久司道夫著

そこには
「食べ物は「人」を「良く」する」 食べ物を変えれば、細胞も血液も変わり
思考も変わる。優しく美しい食生活を多くの人がとりもどせば世界は平和にできるのだと
はじめて、具体的な方法論で書かれていたその熱いメッセージに次第に惹かれていった。
2005年結婚して、食生活も自然と彼女にあわせる形で植物性中心へと変わっていく

マクロビオティックでは調和のとれた食事のバランスは人間の歯は、
20本が臼歯(穀物をすり潰すための歯)
8本が門歯(野菜を噛み切るための歯)
4本が犬歯(魚やお肉を噛みちぎるための歯)
だから、その割合で食べれば本来、自然と調和していつも元気でいられる。
病気というのは、体が調和していないですよという自分の体からのメッセージだという
考え方にとても感銘を受けた。

だから穀物6:野菜3:動物性:1 の割合を心がけて急激に変化させるのではなく
少しずつ変えていった
すると数ヶ月後には長年悩まされた頭痛がまるで霧が晴れたようにクリアになっていった
この体験は、水野にとって食べ物の本当のすごさを身をもって知った最高の出来事だった。

「食は運命を左右する」という言葉を残す江戸時代に水野南北という偉大な水野さんがいることも知り
毎日の食事の積み重ねが人生を変えるひとつの大きなキーワードである身を以て確信することになる

当時の勤務先 本屋での仕事の際、いつも疑問に思う事があった。

「何故、本当に素晴らしい本がベストセラーにならないのだろう?」

「何故、マクロビオティックにしろ、環境や人の未来に優しい素晴らしい
 考え方がもっと広まっていないのだろう?」

26歳。退職し、その答えを探す旅にでる
当時、自然食などの世界では、美しいホームページがなかったため
昔から独学で学んでいたホームページで
料理教室やお菓子教室をプロデュースしはじめて、
海外からも生徒さんが集まる予約のとれない教室となっていく。

そしてその答えはある日突然やってきた
あるとき高級レストランに料理を楽しむ事を目的に「食事」に行った時
大絶賛する美味しさだった。
それにも関わらず、水野はレストランに出た後、もう次行く事はないかな。と思った
自分に衝撃を受けた。たった数十分前まで感動していた自分はどこに行ってしまったんだろう?

そのときたまたまデザートが自分好みではなかったのだ。
人生ではじめて、本当の意味でデザートの存在意義を体感した瞬間だった。

「もしかしたら、マクロビオティックや身体に優しい食生活が広がらない本当の理由は
 お菓子が美しく美味しくないがゆえに、今の僕と同じ事が起こっているんじゃないかと」

そうして2009年1月 プロデュースしていた教室が自由が丘にあったという縁もあり
自由が丘にパティスリーシンプルモダンマクロビオティックをオープンする

甘いお菓子をつくるお菓子屋さんなのに、全く甘くなかった。
全く売れなかった。
一瞬で運転資金も底をつき3ヶ月後には撤退の文字が頭をよぎった

美しいマクロビオティックスイーツ。というコンセプトは自信があった。

オープン当初 自分がケーキをつくることはなく任せていた
自分が想い描く理想のお菓子のデザインも味もコンセプトを実現させられるのは
そのヴィジョンが頭の中にある自分しかいない。
つくれる自信も保証もない。追い込まれ、悩みに悩みぬいたとき

「人生最期の日に人は、やったことではなく、やらなかったことを後悔する」という
自分のメモにある言葉を目にする
せめて、自分のもてる全てをかけてやってダメなら、そのときはあきらめもつく。

お菓子職人でもない自分が、お菓子を手掛けると覚悟をきめた2009年夏。
振り返ればその出来事こそ、水野の人生にとって最高の転機となる
オープンして半年後、水野自らも厨房で本格的に人生を懸けてお菓子を新しくつくりはじめる

すると、数えきれない奇跡が次々と続いた。

ビーミングスマイル、ソイヴァニラプリン、モンブランリュクス、自由が丘ショコラ、
など、改良を重ねて定番ケーキが仲間と共に出来上がっていった。

それでも一週間後の支払いのお金が足りず
これで最後かと天井を見上げた瞬間1本の電話がはいる
アーティストが10周年のショーのお土産にと注文をしてくださった。
支払いで困っていた同じ金額とまったく同じだけの売上げを。

そんなことが幾度もあった。

その後招待してもらったコンサートの最後の曲名が

「CHANCE FOR YOU 」

あつ子さんと二人、いただいたチャンスを大切にしようと誓った一生忘れられないクリスマスの季節。

水野の中で全ての考え方が変わっていった。自分のお店だけど、もう自分のお店ではない
神様を信仰してきたような人間ではないけど
このお店はお菓子の神様がいて、自分にこの世界でやるべきことがあると
メッセージをくれているような気がして。
ケーキも一日に数個しか売れない日もあったけど少しずつお客様が増えてきた。
目に見えない何かに守られている気がして不安になることはなかった

2010年 一周年を過ぎたときどうしても超えないといけない問題があった。

植物性のお菓子が美味しくないと言われる一番の原因のひとつ
どうしても「豆腐味」から逃れなくて試行錯誤していた

オーガニックのバニラビーンズで薫りをつけたり
かなり美味しくはなったけどどうしてもイノベーションにまではいたらない

そうした中、「脱豆腐味」をかかげ「FREEDOM PROJECT」をたちあげる

日本人が一番好きなケーキはショートケーキ。
焼いたスポンジに泡立てた生クリームと苺
この禅的で最も美しいケーキこそ
卵と生クリーム無しでつくるのが最も困難なケーキであり
もし美味しい植物性のショートケーキができたらきっと
多くの人を笑顔に変えられると信じて

豆乳からカッテージチーズを作ると豆臭さとベージュ色が綺麗な白いになることを知り、
わらをもすがる想いでとりかかった。
2010年3月
豆腐を使わなくなったショートケーキが誕生する
レモンの爽やかな後味があるちょっと変わったショートケーキ

 卵や乳製品のアレルギーがある方もみんなが一緒に美味しく自由に食べられるという願いと
 僕らのお菓子がいつか世界中に羽ばたけるようにという想いを込めた
 ”フリーダム ウィング”

クリームだけで2日も手間がかかるケーキだけど、
雑誌等でも取り上げてもらったおかげでようやく売れるケーキが出来上がってきた。

2010年4月、
お客様からたびたび、このお菓子を自宅でもつくれるようになりたいと依頼され
グレイスフルスイーツスクールをはじめることになり
教室をはじめたことでお菓子の開発が奇跡的にすすんでいく

グレイスフルスイーツは、今日もまだ開発の途中。

お菓子はもっと美しく美味しくなっていく
いつか、身体にももっと優しく進化していけると信じている
あなたが甘いものへの罪悪感やダイエットの心配すらしなくてもいい
グレイスフルスイーツがこの世界に溢れて
今より、お菓子がもっともっとあなたを優しく美しい気持ちにしてくれるように

人生で目の前にあらわれることすべては、良い事でも悪い事でもなく
あなたの人生の物語にかかすことのできない「メッセージ」なのだと思う

目の前にある「仕事」を心から大好きになること

道は常に開いていること

お菓子をつくったこともない人間がスイーツの街 ある日突然、自由が丘でお菓子をつくることもある

人生の点と点が、いつ結びつくのか、どう結びつくのかは誰にもわからない。
だけど、点と点がいつか必ずひとつの線として繋がり
あなただけの奇跡の物語となることを信じてほしい

どうか自分の直感を信じて、情熱をもって世界を変えてほしい
こんなこと誰も考えないし、人に話しても笑われてしまうようなこと
それがもしかしたら、あなたの天賦の才「GIFT OF NATURE」の現れなのかもしれないから

グレイスフルスイーツスクール 修了証

グレイスフルスイーツ「美しく美味しく優美な食後感がコンセプトの新しいお菓子」

大変 お待たせしました。 シンプルでグレイスフル。だけとお菓子教室の可愛い感じもでた

修了証がようやく完成いたしました★

既にご卒業していただいていらっしゃる方は順次お届けさせていただきますので

お待ちくださいませ!