HAPPY END の お菓子
今日はエクスペリエンスコース2DAYS。
あなたの人生をハッピーエンドにするお菓子を出会ってもらえたら嬉しいと思って
はじめた、お菓子教室というより哲学の教室や理科の実験教室みたいなところです。
このブログを読んでくださって本当にありがとうございます。
あなたの大切な時間を無駄にしないよう、少しだけエクスペリエンスコースで
お伝えしたいことをお話させていただきます。受講していただいていたら
復習ということで。
あなたにとってお菓子とはどんな存在ですか?
甘いものが好きですか?
甘いものっていうけど、具体的にはどんな甘さが好きですか?
米飴、玄米甘酒のような甘味ですか?
ジュースや果物といった果糖の甘味ですか?
それとも慣れ親しんだ、さとうきびや甜菜糖といったショ糖でしょうか?
あなたが本当に求めている甘いものってなんだと思いますか?
甘いものとこれから、人生でどうつきあっていきたいのですか?
あなたが、お菓子を学ぶ、自分でつくる、本当の目的はなんですか?
それが見つかった時、甘いものやお菓子に対する「罪悪感」から解放されるのです。
あなたが、「罪悪感」から解放されること
それが、あなたの人生を自由に解放し、人生をハッピーエンドな物語へと変化させることだと
信じています。
「罪悪感」といってもたくさんのことがあるのです。
お金のこと、食べ物のこと、性のこと、道徳のこと、好きなことをすることにすら
罪悪感を抱いている人もいます。あなたにとっての罪悪感とはなんでしょうか?
お菓子は、本来、生きていくための「食べもの」としては、全くなくても困りません。
お菓子が食べれなくても、人は命を失うことはないからです。
でも、人類の歴史は、甘いものの探求の歴史でもありました。
だから、私もあなたも、甘いものが大好きなのです。
お米や、日常の料理が、肉体的に必要な食べ物だとしたら
お菓子は、精神的に必要な食べ物だと言えるかもしれません。
「喜び」のためだけに存在する、究極の食べ物だと僕は思います。
綺麗に飾られたケーキ達が並ぶショーケース。
僕は、ショーケースの前でケーキを眺めているときのあなたが大好きです。
ショーケースの前では、自然と口角があがり、笑みを浮かべているのを
あなたはご存知でしょうか?
その自然と溢れた静かな笑みが、どれだけ私たちに勇気と希望を与えてくれたかはわかりません。
あなたがいつでも、大切なパートナーとも家族とも
ショーケースの前で魅せるような笑顔でいられるように。
あなたがお菓子と甘いものと楽しく向き合って過ごせるあなたになれるように
そしていつまでも美しく健やかでいられるように
あなたの人生をHAPPY ENDにしてくれるそんなお菓子を一緒に。
Graceful Sweets Schoolがいつか
お菓子を通じて、あなたの人生をあなた自身の手でグレイスフルライフに変える場所に
なりますように。
あなたの人生をハッピーエンドにするお菓子を出会ってもらえたら嬉しいと思って
はじめた、お菓子教室というより哲学の教室や理科の実験教室みたいなところです。
このブログを読んでくださって本当にありがとうございます。
あなたの大切な時間を無駄にしないよう、少しだけエクスペリエンスコースで
お伝えしたいことをお話させていただきます。受講していただいていたら
復習ということで。
あなたにとってお菓子とはどんな存在ですか?
甘いものが好きですか?
甘いものっていうけど、具体的にはどんな甘さが好きですか?
米飴、玄米甘酒のような甘味ですか?
ジュースや果物といった果糖の甘味ですか?
それとも慣れ親しんだ、さとうきびや甜菜糖といったショ糖でしょうか?
あなたが本当に求めている甘いものってなんだと思いますか?
甘いものとこれから、人生でどうつきあっていきたいのですか?
あなたが、お菓子を学ぶ、自分でつくる、本当の目的はなんですか?
それが見つかった時、甘いものやお菓子に対する「罪悪感」から解放されるのです。
あなたが、「罪悪感」から解放されること
それが、あなたの人生を自由に解放し、人生をハッピーエンドな物語へと変化させることだと
信じています。
「罪悪感」といってもたくさんのことがあるのです。
お金のこと、食べ物のこと、性のこと、道徳のこと、好きなことをすることにすら
罪悪感を抱いている人もいます。あなたにとっての罪悪感とはなんでしょうか?
お菓子は、本来、生きていくための「食べもの」としては、全くなくても困りません。
お菓子が食べれなくても、人は命を失うことはないからです。
でも、人類の歴史は、甘いものの探求の歴史でもありました。
だから、私もあなたも、甘いものが大好きなのです。
お米や、日常の料理が、肉体的に必要な食べ物だとしたら
お菓子は、精神的に必要な食べ物だと言えるかもしれません。
「喜び」のためだけに存在する、究極の食べ物だと僕は思います。
綺麗に飾られたケーキ達が並ぶショーケース。
僕は、ショーケースの前でケーキを眺めているときのあなたが大好きです。
ショーケースの前では、自然と口角があがり、笑みを浮かべているのを
あなたはご存知でしょうか?
その自然と溢れた静かな笑みが、どれだけ私たちに勇気と希望を与えてくれたかはわかりません。
あなたがいつでも、大切なパートナーとも家族とも
ショーケースの前で魅せるような笑顔でいられるように。
あなたがお菓子と甘いものと楽しく向き合って過ごせるあなたになれるように
そしていつまでも美しく健やかでいられるように
あなたの人生をHAPPY ENDにしてくれるそんなお菓子を一緒に。
Graceful Sweets Schoolがいつか
お菓子を通じて、あなたの人生をあなた自身の手でグレイスフルライフに変える場所に
なりますように。
グレイスフル ライフ ワーク
ライフワーク。
それについて書かれた本の少なさに驚きます。
ディール カーネギーが若き日に
「悩み」に関して書かれた本が
「回虫」に関する本よりも圧倒的に少ないことに
衝撃を覚えたとその著書「道は開ける」に書いていたのを
思い出すくらい。
●ライフワークを豊かに生きる 本田健 サンマーク文庫
●ライフワークの思想 外山 滋比古 ちくま文庫
ライフワークについて書かれた優秀な2冊は上記だと思います。
本田健さんは
ライフワークとは、自分のなかにある《幸せの源泉》から湧き出る情熱を使って
自分らしさを表現し、まわりと分かち合う生き方と定義している。
「幸せの源泉」とは、そこにつながるだけで、本人が幸せになるようなこと。
その人らしい本質で、静かなワクワクを感じ、つきることのない情熱がある場所である。定義され
外山滋比古さんは、「ライフワークの思想 ちくま文庫」で”フィナーレの思想という論文で
ライフワークとは、それまでバラバラになっていた断片につながりを与えて、
ある有機的統一にもたらしてゆくひとつの奇跡、個人の奇跡を行うことにはかならないと述べている。
その人にしかできない、一生をかけてする仕事や事業、それがライフワークである。
と定義しています。
個人的にはライフワークというのは、
「人生における点と点を「人生」という物語で1本の線でつながったときに訪れる
生まれ持った全ての才能を社会に還元することで本人および周りの人々を幸福にし、
そのすべての幸福を与え尽くした時に人生の最期を迎えるような役割であり仕事。」
だと現時点では思っています。
それを僕はグレイスフルライフワークと呼びます。
それはとても穏やかで静かに決してこの世界の誰にも消すことのできない命の炎によって
動かされる役割です。
身の回りのモノ、情報、本当に人生において必要なものはなんなのか。
ただその一点を1日、1時間、2時間、時間があれば考えつづけるとともに、
日々を一生懸命生きて行く。
きっとそんな中で、人はグレイスフルなライフワークと出会えるように思います。
1年で見つかる人もいるかもしれない。10年、20年たって見つかる人もいるかもしれない。
60歳になって、一つの線につながるかもしれない。
でも何歳でつながっても遅くはないのだと思います。
僕はショートストーリーな人生で、小さ頃から好きなモノが明確だったから、早く見つかったけど
大器晩成というように、超大作な物語の人は、その個々の章ができあがるのに50年かかる人もいるはずです。
現代に比べれば
昔は、ライフワークを探すのは難しくはなかったと思います。
農民は農民、商人は商人、武士は武士。
農民が論語を武士のように学ぶことはなかったし、学校にも行くことは少なかったし
だから、親が農家なら物心ついてから、人生が終わるまで自然とむきあって自然から学んだと思います。
武士が商売を学ぶことはなかった、若き日から、武士道を学び、武術、剣術、弓術、馬術、武士として必要な教養を
身につけて行った。幕末の志士たちが20代で活躍できたのも
現代とは教育そのものが特化したエリート教育だった部分があったと思います。
それが良い悪いではなく、自由とは制限の中で見つけるから、今の時代よりも
制限が多かった時代は、余計なものに触れる時間が自然と少なかったよって
人生の目的は限られた中で見つけて行くものにならざるをえなかっただから
現代よりはライフワークが見つかりやすかったと思うのです。
僕らは、時代の流れによって、皆が同じ教育を受け、
中より上を目指すようなシステムの中で育ってきました。
そうしたメリットだってものすごくあるわけです。
誰とでも話せる、恋もできる、結婚もできる。
どんな職業も選べる!
でも、ライフワークを見つけるという意味では、難易度はぐっと高い。
生まれたときから農民は一生農民。って社会の仕組みで
決まっていたら、職業を選択するために自分探しをする必要がないからです。
良い悪いはありません。今はこういう時代だから、そうなだけ。
だからこそ僕らは、よほどの万能の天才を除き、
好きなこと(自分も楽しいし、それをしている自分が周りも自然と幸せにする)
ことを見つけていくのが大切であり、人生における忘れてはならないことだと思います。
ここでも面白いのは、好きなことに出会うのは、
好きなことをしているときではないこともあるのです
毎日の仕事。第一志望ではなく第3志望で残念ながら就いた仕事。
第一志望に行くのは、それが点だからです。第3志望になったのもそれが点なのです。。
好きなことを最初からしている人もいます。
嫌いだったことを好きになる努力をしていたら、
それがライフワークになっちゃったって人もいます。
嫌いなことを辞めて辞めて辞めて、その先で好きなことに出会う人もいます。
今、自分がいるその場所も、人生の物語から見れば、大切な一章です。
僕たちは、生まれた時からもう成功しています。
そして成功する方法はもう自分の脳が決めているのです。10歳になる頃には。
このことに気づいたのは脳の仕組みをしったときです。
私たちは赤ちゃんから幼い頃に何千億というシナプス 脳神経細胞を持っているそうで、
経験を積むことで
回路ができていくそうです。
その後、大人になるとそのほとんどを失うそうですが
何故かというと、数えきれない数の神経細胞の回路を捨てることで、
残った回路を劇的に繰り返し使用して
強化するためだそうです。
3日坊主も優柔不断も、ネガティブな性質として思われがちですが、すべて才能です。
3日坊主は、自分の人生でやるべきことかどうかをたった3日で答えを出せる、スペシャルな能力です。
優柔不断は、短絡的に決めてはいけないことを、周りになんと言われようと、絶対に決めない能力です。
今、ある自分の好きなこと、得意なこと、続けていても全然苦痛じゃないこと、思考パターン
そのすべてが、グレイスフルライフワークにつながる点だと思います。
一番難しいとしたら、ないものなだりではなく、今の自分をすべて受け入れる。これは結構堪え難いこともあります。笑
お金に縁があるライフワークもあれば、まったくそうではないライフワークもあります
1000人を率いる大社長としてのライフワークもあれば、家族企業クラスの主としての規模がライフワークな人もいます。
大きい小さいに優劣はありません。すべての人が生まれ持った役割が尊いからです。
グレイスフルライフ。
それは、グレイスフルライフワークに出会うこと。
そして、ライフワークを生きている人は、平和で幸福です。
マクロビオティックに出会い、YOU ARE WHAT YOU EATの思想に出会い、僕なりのマクロビオティックは
グレイスフルなライフワークを自らが生き、仲間を増やしていくことだったと
水野友裕 水が野を潤すように、友と裕福なグレイスフルライフを築く。
水が野を潤す時は、自らも泥水となって潤すから、清く正しくってよりは、
善も悪も、いいものもよくないと呼ばれるもの、すべてを受け入れて、その人にとって一番裕福な人生とは何かを
一緒に考えて行けたら僕はとても幸せなのです。
家族にとって、今自分を支えてくれるスタッフにとって、何が一番 裕福なのかを
問いつづけていきたいと思います。
一緒に苺でもつまみながら。
2011年、Graceful Life Work Project。 是非、世界であなただけにしか歩めないグレイスフルな人生を
それについて書かれた本の少なさに驚きます。
ディール カーネギーが若き日に
「悩み」に関して書かれた本が
「回虫」に関する本よりも圧倒的に少ないことに
衝撃を覚えたとその著書「道は開ける」に書いていたのを
思い出すくらい。
●ライフワークを豊かに生きる 本田健 サンマーク文庫
●ライフワークの思想 外山 滋比古 ちくま文庫
ライフワークについて書かれた優秀な2冊は上記だと思います。
本田健さんは
ライフワークとは、自分のなかにある《幸せの源泉》から湧き出る情熱を使って
自分らしさを表現し、まわりと分かち合う生き方と定義している。
「幸せの源泉」とは、そこにつながるだけで、本人が幸せになるようなこと。
その人らしい本質で、静かなワクワクを感じ、つきることのない情熱がある場所である。定義され
外山滋比古さんは、「ライフワークの思想 ちくま文庫」で”フィナーレの思想という論文で
ライフワークとは、それまでバラバラになっていた断片につながりを与えて、
ある有機的統一にもたらしてゆくひとつの奇跡、個人の奇跡を行うことにはかならないと述べている。
その人にしかできない、一生をかけてする仕事や事業、それがライフワークである。
と定義しています。
個人的にはライフワークというのは、
「人生における点と点を「人生」という物語で1本の線でつながったときに訪れる
生まれ持った全ての才能を社会に還元することで本人および周りの人々を幸福にし、
そのすべての幸福を与え尽くした時に人生の最期を迎えるような役割であり仕事。」
だと現時点では思っています。
それを僕はグレイスフルライフワークと呼びます。
それはとても穏やかで静かに決してこの世界の誰にも消すことのできない命の炎によって
動かされる役割です。
身の回りのモノ、情報、本当に人生において必要なものはなんなのか。
ただその一点を1日、1時間、2時間、時間があれば考えつづけるとともに、
日々を一生懸命生きて行く。
きっとそんな中で、人はグレイスフルなライフワークと出会えるように思います。
1年で見つかる人もいるかもしれない。10年、20年たって見つかる人もいるかもしれない。
60歳になって、一つの線につながるかもしれない。
でも何歳でつながっても遅くはないのだと思います。
僕はショートストーリーな人生で、小さ頃から好きなモノが明確だったから、早く見つかったけど
大器晩成というように、超大作な物語の人は、その個々の章ができあがるのに50年かかる人もいるはずです。
現代に比べれば
昔は、ライフワークを探すのは難しくはなかったと思います。
農民は農民、商人は商人、武士は武士。
農民が論語を武士のように学ぶことはなかったし、学校にも行くことは少なかったし
だから、親が農家なら物心ついてから、人生が終わるまで自然とむきあって自然から学んだと思います。
武士が商売を学ぶことはなかった、若き日から、武士道を学び、武術、剣術、弓術、馬術、武士として必要な教養を
身につけて行った。幕末の志士たちが20代で活躍できたのも
現代とは教育そのものが特化したエリート教育だった部分があったと思います。
それが良い悪いではなく、自由とは制限の中で見つけるから、今の時代よりも
制限が多かった時代は、余計なものに触れる時間が自然と少なかったよって
人生の目的は限られた中で見つけて行くものにならざるをえなかっただから
現代よりはライフワークが見つかりやすかったと思うのです。
僕らは、時代の流れによって、皆が同じ教育を受け、
中より上を目指すようなシステムの中で育ってきました。
そうしたメリットだってものすごくあるわけです。
誰とでも話せる、恋もできる、結婚もできる。
どんな職業も選べる!
でも、ライフワークを見つけるという意味では、難易度はぐっと高い。
生まれたときから農民は一生農民。って社会の仕組みで
決まっていたら、職業を選択するために自分探しをする必要がないからです。
良い悪いはありません。今はこういう時代だから、そうなだけ。
だからこそ僕らは、よほどの万能の天才を除き、
好きなこと(自分も楽しいし、それをしている自分が周りも自然と幸せにする)
ことを見つけていくのが大切であり、人生における忘れてはならないことだと思います。
ここでも面白いのは、好きなことに出会うのは、
好きなことをしているときではないこともあるのです
毎日の仕事。第一志望ではなく第3志望で残念ながら就いた仕事。
第一志望に行くのは、それが点だからです。第3志望になったのもそれが点なのです。。
好きなことを最初からしている人もいます。
嫌いだったことを好きになる努力をしていたら、
それがライフワークになっちゃったって人もいます。
嫌いなことを辞めて辞めて辞めて、その先で好きなことに出会う人もいます。
今、自分がいるその場所も、人生の物語から見れば、大切な一章です。
僕たちは、生まれた時からもう成功しています。
そして成功する方法はもう自分の脳が決めているのです。10歳になる頃には。
このことに気づいたのは脳の仕組みをしったときです。
私たちは赤ちゃんから幼い頃に何千億というシナプス 脳神経細胞を持っているそうで、
経験を積むことで
回路ができていくそうです。
その後、大人になるとそのほとんどを失うそうですが
何故かというと、数えきれない数の神経細胞の回路を捨てることで、
残った回路を劇的に繰り返し使用して
強化するためだそうです。
3日坊主も優柔不断も、ネガティブな性質として思われがちですが、すべて才能です。
3日坊主は、自分の人生でやるべきことかどうかをたった3日で答えを出せる、スペシャルな能力です。
優柔不断は、短絡的に決めてはいけないことを、周りになんと言われようと、絶対に決めない能力です。
今、ある自分の好きなこと、得意なこと、続けていても全然苦痛じゃないこと、思考パターン
そのすべてが、グレイスフルライフワークにつながる点だと思います。
一番難しいとしたら、ないものなだりではなく、今の自分をすべて受け入れる。これは結構堪え難いこともあります。笑
お金に縁があるライフワークもあれば、まったくそうではないライフワークもあります
1000人を率いる大社長としてのライフワークもあれば、家族企業クラスの主としての規模がライフワークな人もいます。
大きい小さいに優劣はありません。すべての人が生まれ持った役割が尊いからです。
グレイスフルライフ。
それは、グレイスフルライフワークに出会うこと。
そして、ライフワークを生きている人は、平和で幸福です。
マクロビオティックに出会い、YOU ARE WHAT YOU EATの思想に出会い、僕なりのマクロビオティックは
グレイスフルなライフワークを自らが生き、仲間を増やしていくことだったと
水野友裕 水が野を潤すように、友と裕福なグレイスフルライフを築く。
水が野を潤す時は、自らも泥水となって潤すから、清く正しくってよりは、
善も悪も、いいものもよくないと呼ばれるもの、すべてを受け入れて、その人にとって一番裕福な人生とは何かを
一緒に考えて行けたら僕はとても幸せなのです。
家族にとって、今自分を支えてくれるスタッフにとって、何が一番 裕福なのかを
問いつづけていきたいと思います。
一緒に苺でもつまみながら。
2011年、Graceful Life Work Project。 是非、世界であなただけにしか歩めないグレイスフルな人生を
人生というマラソン
人生はマラソンのようなもの。
僕自身は、たかだか三十路を迎えたばかりであって
本来、ライフワークだったり、人生がマラソンなどと言える立場ではない。
ただ、このごろ一つ気づいたのは
若いうちから、自分の人生を長いスパンでヴィジョンとして思い描いておくかは
年を重ねてからでは遅いこともあるということで
自分へのメッセージとして書いています。
人生80年といわれる時代。
つまり、折り返し地点が40歳ということです。
マラソンをテレビ中継で見ていれば、折り返し地点を過ぎれば
あと半分頑張れ!という感じですが
人生において折り返し地点を迎えたとき、もとのスタート地点、
つまり、今までと進んできた方向と180℃違う方向へ進行方向を変えるのは
容易なことではないと思います。
日本には、「出家」という言葉がありますが、この出家というのは
人生の折り返し地点におけるひとつの選択肢なのだと思います。
今まで気づいてきた財産、地位、名誉をすて、自分自身と向き合って、
生から死へと意識を変えていく。
折り返し地点までは、自分のため、そして折り返し地点後は、他人や世のためといったところでしょうか。
マクロビオティックなライフスタイルに出会わなければ、こういう考えにもいたることはなかったと
思います。
自分としてどう生きるのか、食べ物とどういう向き合うのか、その中で
ひとつの到達点は、40歳がやはり折り返し地点になる気がしているわけです。
グレイスフルスイーツというお菓子をつくっていて、
20代、30代。 何故、料理と同じように
コース料理の最後を締めくくる、スイーツに同じような哲学や感動がないのか?という疑問から
マクロビオティック料理自体が、本来 伝統的な和食をベースとしているのでスイーツ的なものを
本来 多く必要としないからだと思います。
穀物、野菜、美味しい水と綺麗な空気、ストレスフリーな環境があれば、スイーツはあまり人は
求めません。
東京という経済、情報、人、ストレスが集中する都市に生きるのか
日本でも自然豊かで綺麗な水が地元で手に入り、田畑が広がる田舎で生きるのかでは
状況が違ってくるのも自然の流れであり、自分がどんな環境に属しているのかも
ちゃんと把握しないと、他人の言葉で揺れてまたそこにストレスがかかります。
本や先生に学ぶ人も、本の著者や先生のバックグラウンドを知った上で学ばないと
先生ごと言っていることが違ったり、この先生の言うことは納得できるというのが
案外、自分と環境が似ているからということは少なくないと思います。
グレイスフルスイーツ。私自身にとってもあと10年 40歳を迎えると大きく変わると思います。
それは、私自身が、人生の折り返し地点にたったとき
そのまま今と同じように、スイーツの開発に情熱を燃やしているのでは、
折り返し地点のない進むだけのマラソンになるといえるからです。
40までは、自由にさまざまな食材に出会い、使って、自由にスイーツの可能性を探していくことが
若い自分の使命だと思いますし、それは人生の折り返し地点を迎えてからではできないことだとも
このごろ考えるわけです。
大好きな苺で言い換えるなら
今は、美味しい苺をいかに他のスポンジやクリームと融合させて美味しい
フリーダムというショートケーキをつくれるかという、未知の可能性へチャレンジしているわけですが
折り返し地点を迎えたら、苺は、苺。いかにそのままで美味しく食べるのか、
そして、それは究極の苺そのものをどう栽培するという方向へ進んでいくものだと感じています。
60歳で定年を迎えてからライフワークを探すのではちょっと遅い気がします。
20代、30代から、自らが生まれてきた使命、ライフワークを模索していくことで
40代という折り返しにおいて、ライフワークという命が尽きる瞬間まで終わることのない
仕事に出会い、人生の後半はそれこそ、公のために自らの能力を還元していく
そんな生き方がしていきたいと願っていますが
私自身は、折り返し前。このことはしばし味噌をねかせるようにそっとしておいて
毎日を一生懸命駆け抜けて、グレイスフルスイーツの創作と啓蒙でたくさんの人の
笑顔に囲まれて ハードだけど充実した日々を過ごしていきたいと思います。
僕自身は、たかだか三十路を迎えたばかりであって
本来、ライフワークだったり、人生がマラソンなどと言える立場ではない。
ただ、このごろ一つ気づいたのは
若いうちから、自分の人生を長いスパンでヴィジョンとして思い描いておくかは
年を重ねてからでは遅いこともあるということで
自分へのメッセージとして書いています。
人生80年といわれる時代。
つまり、折り返し地点が40歳ということです。
マラソンをテレビ中継で見ていれば、折り返し地点を過ぎれば
あと半分頑張れ!という感じですが
人生において折り返し地点を迎えたとき、もとのスタート地点、
つまり、今までと進んできた方向と180℃違う方向へ進行方向を変えるのは
容易なことではないと思います。
日本には、「出家」という言葉がありますが、この出家というのは
人生の折り返し地点におけるひとつの選択肢なのだと思います。
今まで気づいてきた財産、地位、名誉をすて、自分自身と向き合って、
生から死へと意識を変えていく。
折り返し地点までは、自分のため、そして折り返し地点後は、他人や世のためといったところでしょうか。
マクロビオティックなライフスタイルに出会わなければ、こういう考えにもいたることはなかったと
思います。
自分としてどう生きるのか、食べ物とどういう向き合うのか、その中で
ひとつの到達点は、40歳がやはり折り返し地点になる気がしているわけです。
グレイスフルスイーツというお菓子をつくっていて、
20代、30代。 何故、料理と同じように
コース料理の最後を締めくくる、スイーツに同じような哲学や感動がないのか?という疑問から
マクロビオティック料理自体が、本来 伝統的な和食をベースとしているのでスイーツ的なものを
本来 多く必要としないからだと思います。
穀物、野菜、美味しい水と綺麗な空気、ストレスフリーな環境があれば、スイーツはあまり人は
求めません。
東京という経済、情報、人、ストレスが集中する都市に生きるのか
日本でも自然豊かで綺麗な水が地元で手に入り、田畑が広がる田舎で生きるのかでは
状況が違ってくるのも自然の流れであり、自分がどんな環境に属しているのかも
ちゃんと把握しないと、他人の言葉で揺れてまたそこにストレスがかかります。
本や先生に学ぶ人も、本の著者や先生のバックグラウンドを知った上で学ばないと
先生ごと言っていることが違ったり、この先生の言うことは納得できるというのが
案外、自分と環境が似ているからということは少なくないと思います。
グレイスフルスイーツ。私自身にとってもあと10年 40歳を迎えると大きく変わると思います。
それは、私自身が、人生の折り返し地点にたったとき
そのまま今と同じように、スイーツの開発に情熱を燃やしているのでは、
折り返し地点のない進むだけのマラソンになるといえるからです。
40までは、自由にさまざまな食材に出会い、使って、自由にスイーツの可能性を探していくことが
若い自分の使命だと思いますし、それは人生の折り返し地点を迎えてからではできないことだとも
このごろ考えるわけです。
大好きな苺で言い換えるなら
今は、美味しい苺をいかに他のスポンジやクリームと融合させて美味しい
フリーダムというショートケーキをつくれるかという、未知の可能性へチャレンジしているわけですが
折り返し地点を迎えたら、苺は、苺。いかにそのままで美味しく食べるのか、
そして、それは究極の苺そのものをどう栽培するという方向へ進んでいくものだと感じています。
60歳で定年を迎えてからライフワークを探すのではちょっと遅い気がします。
20代、30代から、自らが生まれてきた使命、ライフワークを模索していくことで
40代という折り返しにおいて、ライフワークという命が尽きる瞬間まで終わることのない
仕事に出会い、人生の後半はそれこそ、公のために自らの能力を還元していく
そんな生き方がしていきたいと願っていますが
私自身は、折り返し前。このことはしばし味噌をねかせるようにそっとしておいて
毎日を一生懸命駆け抜けて、グレイスフルスイーツの創作と啓蒙でたくさんの人の
笑顔に囲まれて ハードだけど充実した日々を過ごしていきたいと思います。
メンズノンノさん クリスマス特集掲載していただきました。

メンズノンノの表紙にのって、キムタクが当店にやってきました!
取材していただいてありがとうございます。
超一流のピエーエル エルメさんのケーキと
ラデュレさんのクリスマスケーキと一緒に載せていただけるのは
大変光栄ですし、
身が引き締まる思いです。
でもこういう機会を何度もいただくことで
昨日より今日、今日より明日、1日にわずかでもいいから
より美味しく、より美しく、そしてより優しいお菓子へと成長していけるように思います。
お菓子そのものを、地球にも人にもより優しく たくさんの人々に平和と幸福の時間をもたらす
グレイスフルなスイーツにするために。
そして何よりも大切なことは、今日一日がグレイスフルデイであること。
平和は、まず自分自身の心の中から。
人間としても未熟なので、言う程簡単じゃないですけど、そうありたいと思います。
GLITTER 12月号

2010年12月のGLITTER(グリッター)トランスメディア社さんに
ラグジュアリーに過ごすためのクリスマスナビ特集で掲載していただきました。
ちなみに写真の女性は、イザベル・グーラードさんという方です。
本当にありがとうございます。
溺愛ミラノブランド特集ということで
ラブ モスキーノ
エム ミッソーニ
パオラ フラーニ
ラルトラモーダ&クラスロベルト カヴァリ
ピンコ
このごろのミラノはこんなファッションなのかな。
個人的には今月号では、P130のck カルバンクラインの
「シンプルモダンで手に入れる最旬アーバンレディスタイル」の冬物コート系が
時を超えて蘇る究極のミニマリズムって書いてあるとおり、時代を超えて愛される
シンプルさって素敵だなと写真をみながら思いました。
本当に素晴らしいデザインって、時代が100年たっても素晴らしいと思えるものな気がします。
伝統的なものも含めて、そんなデザインって素敵ですよね。