懸命な思い
人生は坦々たる大道を行くが如し、という人もいれば
山あり谷あり起伏の連続、というひともいる
どちらが真実か見る人によってそれはさまざまだろう
しかしおたがいに、まずは坦々たる大道とはいえないこの日々ではないだろうか?
峠を越えればまた峠がある。
仰ぎ見つつ息つく間もなく、また登り始める
つまりこれが人生なりとの諦念も、そこにおのずからわいてくるような日々である
しかし、もしこれを神のような立場から見たならばどうなるか。
おたがいに起伏の連続と見えているこの人生も、実はそれは起伏でもなんでもなくて
坦々たる大道ではないかということになるかもしれない
つまり、坦々たる大道としてあたえられているこの人生を、わが心至らず
わが心眼開かざるために、山あり谷ありとかんじているのかもしれない
いつの日か、この真実がみきわめられるだろう。
けれでも、今はただおたがいに、懸命に我が道を歩むほかないであろう
懸命な思いこそ、起伏があろうと、坦々としていようと、
ともかくも我が道を照らす大事な灯なのである
BY 松下幸之助
山あり谷あり起伏の連続、というひともいる
どちらが真実か見る人によってそれはさまざまだろう
しかしおたがいに、まずは坦々たる大道とはいえないこの日々ではないだろうか?
峠を越えればまた峠がある。
仰ぎ見つつ息つく間もなく、また登り始める
つまりこれが人生なりとの諦念も、そこにおのずからわいてくるような日々である
しかし、もしこれを神のような立場から見たならばどうなるか。
おたがいに起伏の連続と見えているこの人生も、実はそれは起伏でもなんでもなくて
坦々たる大道ではないかということになるかもしれない
つまり、坦々たる大道としてあたえられているこの人生を、わが心至らず
わが心眼開かざるために、山あり谷ありとかんじているのかもしれない
いつの日か、この真実がみきわめられるだろう。
けれでも、今はただおたがいに、懸命に我が道を歩むほかないであろう
懸命な思いこそ、起伏があろうと、坦々としていようと、
ともかくも我が道を照らす大事な灯なのである
BY 松下幸之助