Graceful World
*この物語はフィクションです。フィクションです。
Graceful World ~世界平和を実現する方法~
なぜ、僕なのか。なぜ、僕だったのか。
今でもわからない。
ただ、僕はよくわからないうちにとてつもない責任を与えられたのだと
知ったのは、彼が天寿を全うしたときだった。
「桜木 道之」 彼は世界でも名の知れた平和と環境の活動家であり、
彼に初めて出会った時の衝撃は今でも忘れない。
僕がはじめて出会った「天才」だった。
東大卒で、20代の若さで松本電機という戦後の日本屈指の企業の中核を担い
7ヶ国語を操り、オーケストラの指揮まで行うという能力の持ち主だった。
2010年の現在、世界の主要国の主要都市には和食の店がずらりと並んでいる。
残念ながら、等の私たち日本人でその原因や歴史を知る人は少ない。
1970年代、膨大な医療保険等で国家的な危機を迎えたアメリカ合衆国が
数千億ドルの国家予算をかけて、7年もの物月日をかけ
世界中から科学者を呼び集め、世界中の食文化や歴史を調査した。その調査は
1977年、マクガヴァンレポートという5000ページにもおよぶ報告書によって
「世界で一番素晴らしい食文化は、日本の江戸元禄時代以前の食事である」
と発表されたことだった。
動物性中心の食事だった欧米諸国は、この発表に大きく揺れた。
私たちの祖国では、食事をすることを「ご飯」を食べるという。
主食と副食。この私たちにとってごくごく当たり前の概念が、世界を変えたのだ。
穀物を主体として、野菜を副食、それに動物性食品やスープをいただく。
まさに、日本人からみれば古き時代の「家庭の和食」そのもの。
そして、その後 欧米諸国の国の食事指針まで変わったという事実を私たちは知らずに
現在でも欧米諸国でも改めた食を、加速的に取り入れていっている。
そのマクガヴァンレポートの編集に一人の日本人が関わっていたことに
僕はとても驚いた。
彼は、今までのどの平和活動家とも違った。
「非対立」心の中に主義 主張、相手を責める気持ちがあるならば、それこそが戦争。
そして、人が「非対立」な生き方を可能にするには、
細胞と思考そのものにも大きな影響を与える「食」を変える必要があると彼は問いたのだった。
「食」と「平和」がなぜ つながるのかは当初、私にはまったくといっていいほどわからなかった。
そして、あれから10年後、今僕は 生まれてこの方書いたこともない物語を書いている。
私は、彼と会ったことはあるが、ずっとずっと長くそばにいたわけでもない。
それにも関わらず、あの日、彼は私を近くに呼ぶと「君なら、できる」と抱擁してくれた。
それはとてつもない優しく、まるでオーガニックのふわふわの綿のバスタオルで
包み込まれたようなとても人間のものには思えないほどのものだった。
Graceful World ~世界平和を実現する方法~
なぜ、僕なのか。なぜ、僕だったのか。
今でもわからない。
ただ、僕はよくわからないうちにとてつもない責任を与えられたのだと
知ったのは、彼が天寿を全うしたときだった。
「桜木 道之」 彼は世界でも名の知れた平和と環境の活動家であり、
彼に初めて出会った時の衝撃は今でも忘れない。
僕がはじめて出会った「天才」だった。
東大卒で、20代の若さで松本電機という戦後の日本屈指の企業の中核を担い
7ヶ国語を操り、オーケストラの指揮まで行うという能力の持ち主だった。
2010年の現在、世界の主要国の主要都市には和食の店がずらりと並んでいる。
残念ながら、等の私たち日本人でその原因や歴史を知る人は少ない。
1970年代、膨大な医療保険等で国家的な危機を迎えたアメリカ合衆国が
数千億ドルの国家予算をかけて、7年もの物月日をかけ
世界中から科学者を呼び集め、世界中の食文化や歴史を調査した。その調査は
1977年、マクガヴァンレポートという5000ページにもおよぶ報告書によって
「世界で一番素晴らしい食文化は、日本の江戸元禄時代以前の食事である」
と発表されたことだった。
動物性中心の食事だった欧米諸国は、この発表に大きく揺れた。
私たちの祖国では、食事をすることを「ご飯」を食べるという。
主食と副食。この私たちにとってごくごく当たり前の概念が、世界を変えたのだ。
穀物を主体として、野菜を副食、それに動物性食品やスープをいただく。
まさに、日本人からみれば古き時代の「家庭の和食」そのもの。
そして、その後 欧米諸国の国の食事指針まで変わったという事実を私たちは知らずに
現在でも欧米諸国でも改めた食を、加速的に取り入れていっている。
そのマクガヴァンレポートの編集に一人の日本人が関わっていたことに
僕はとても驚いた。
彼は、今までのどの平和活動家とも違った。
「非対立」心の中に主義 主張、相手を責める気持ちがあるならば、それこそが戦争。
そして、人が「非対立」な生き方を可能にするには、
細胞と思考そのものにも大きな影響を与える「食」を変える必要があると彼は問いたのだった。
「食」と「平和」がなぜ つながるのかは当初、私にはまったくといっていいほどわからなかった。
そして、あれから10年後、今僕は 生まれてこの方書いたこともない物語を書いている。
私は、彼と会ったことはあるが、ずっとずっと長くそばにいたわけでもない。
それにも関わらず、あの日、彼は私を近くに呼ぶと「君なら、できる」と抱擁してくれた。
それはとてつもない優しく、まるでオーガニックのふわふわの綿のバスタオルで
包み込まれたようなとても人間のものには思えないほどのものだった。