ハイキング
我が家から1時間ほど南西の山を奥に奥に行くと
Big Basin Redwood State Parkという緑に囲まれた公園があります。
キャンプだったりハイキングだったりができるなかなかナイススポットなんですが初めて行ってきました!
そんなに高度はないんですよ。むしろ低いくらい。
ただRedwood Tree(超大木)に辺りを囲まれ行けども行けども森!というなんとも神秘的なところです。
セコイア国立公園に似てますね。
私たちの今回の目的は滝、ハイキング、そして車で山中をクルージング。
今回のハイキングは6時間を予定してたんで早く出ました。
なんで公園着いた時、めっちゃ寒いし、霧に囲まれててびっくり。
すぐに晴れだしたんであったかくなるかなーと思ったんですが、木に囲まれてるんで日にあたらなければ寒いままです。
とにかくでかいっすね~~
死んだ大木もそこらじゅうにあるんで至る所に倒れてる木があります。
こんなハイキングコースがMAPではハードってなってて、びっくりよ。
これって超Easyだと思うんだけど。
やっぱり高度がないと楽なのね。酸素も十分あるから息も切れないし。
そして2時間歩き続けるとよおやく見えてきました。
うちの毛便が下のほーにいます。結構こう見ると滝大きいのね。
ヨセミテに比べれば迫力にかけますが、私は2時間かけて歩いて初めて出会えるこの優しい感じのこういう滝大好きです!
思ったより早く滝に着いたので、さらに奥へ進むことに。ここら辺にくるとすこしずつですが高度があがり道も狭まり楽しくなってきました。
するともうちょっと上流にまた滝が~
Silver Fallsです。ちょっと暗くて見えないんだけど、そよそよと落ちる水って感じですね。
この滝はそのちょうど上の滝が落ちるとこの真横にハイキングコースがあるので
そしてこれまでかと思ってたらさらにその先にGolden Cascadeという小さな滝?が段々になってるのがずっと続きました。
これもうちょっと水の勢いが激しかったり水量が多ければ自然なすべりだいになると思います。
そして3時間歩いたあと、水場で休憩。ランチです。
食べ過ぎると余計に疲れるんでちょっとだけ頂き、まだ先は長いのでさっさと退散。
帰りは違う道を選び、そこから2時間半かけ駐車場につきました。
最後のほうになって、ちょっと上りになるとはぁはぁいっちゃう私でしたが、うちの旦那のピッチはどんどん上がってってしかも息が乱れることがない。5時間半歩いても全く疲れなかったようです。
3時ごろ駐車場に戻ってくるとすんごい人でした。今からハイキング???って感じの人が結構いたのかな。
帰りは山道をずっとクルージング。
せっかくスポーツカーを持ってるのに、1度しかドライブに連れてってもらってないと文句をいったので
今日は彼の愛車、HondaのS2000です♪ちゃんとワックスかけてるんでぴかぴか。そんでこっから見る景色も圧巻でした!太平洋はやっぱり霧で見えなかったけど緑に囲まれた山々を見てるとあぁカリフォルニアの乾いた大地でもちゃんと緑があるんだなーとうれしくなるんです。
オープンカーで森の中を走るのはまじでやばいっす!どこまでも続く大木がずーっと先まで見えます。
久々のハイキングでした。毛便ほどじゃないけどスタミナもまだまだあるって気づけたんで来週のワイルドキャンプに向けて準備万端です!
父
うちのお父やんがもうすぐで61歳の誕生日♪
大病抱えた彼ですがぴんぴんしてます。
てかますます元気になってます。
がん細胞は消えることはなくどこかにはびこってるらしいですが、
もう消えないものはしゃーない、共に生きてくしかなかろうというのが彼の決断です。
6月に退職しまして今は契約社員として週に2回の勤務。
あとは療養したり病院で抗がん剤うってもらったり、抗がん剤がお休みの時は元気にママ
と旅行に山に行きまくりだそうです。
お父やんは今がベストやで~~って感じで
とにかく「今」を生きてるんですよね。
それが素敵すぎます。
ところで毎年盛大にいろいろと親の誕生日は祝ってるんですが
最近ねた切れでどうしたらいいもんだか。
なんかいいギフトはないかねぇええ
Inception
ディカプリオに渡辺謙さんが出てる映画、Inception見に行ってきました!!
これやばいっす。
すごいね、かなりいいと思います。
理解するのはかなり難解ですね
実際私も疑問があふれてくることばかりで、もう一度見てみたいという思いです。
でもこんなタイプの映画見たことなかったからなんか新鮮でいい。
謙さんはもっとちょい役だと思ってたのに、かなり出てるじゃない~~
皆さんもぜひこの映画見てみてください。
山の記録
前回 の山の話の続きです。
どうしてもその常念岳の山登りが強烈に思い出に残ってて気になったので親に聞いてみました。
うちのママは旅日記を毎回つけていたのでその時の日記も残ってたみたいです。
平成2年、8月12-15日のことだったそうな。旅も5日はあったと思ったけど実は4日。
私は小学2年生。
一年ずれていました。
小学3年の夏だと思ってました。どうやら2年生だったようですね。
うちのパパが夜を徹して千葉から長野の山の麓まで運転したそうです。
それから丸2日は歩きまくったそうです。
その文章の中で
「それはとても長い登りで、シンプルライフが一度として弱音をはくことはなかったのに驚きである。」
ほぉ小学2年の私、結構忍耐強かったらしい~~。ちなみに登りは5時間以上続いたらしいです。
「雷は鳴り出すし、道は悪いし、脚はがたがた。おまけに長男は高山病、頭は痛いし、気持ち悪いし、そのうち私まで頭が痛くなり、気分もよくない。」
そうそうぷるぷる震えた記憶あり。とにかく天気に恵まれなかったのよね。しかも家族5人で元気だったのは私とパパだけだったみたい。姉も高山病でげろげろだったみたいだし。
「やっとで着いた山小屋で一眠りし、~~~~~~夕食6時半、声がかかり席に着くとすごいごちそう。長男も調子が悪いのにかかわらず全部平らげてしまう。よかった。」
これですこれ!私がびびりながら外で食べるっていう行為に立ち向かってったやつ!。笑
どうやら母の目にはシンプルライフの奇跡の食事だったなんてこれっぽっちも写ってないようでしたが。
その次の日の山登りの途中で
「沢でラーメン、うどんをおいしく(いただく)。兄弟3人が仲良く笑っているのをみると、つくづく幸せを感じる。」
うーーーーーん家族っていいですね!
私も子供ができたらこんな家族の他愛もない幸せな日常を残したい、そう思っちゃいました。
ママ、グッジョブ!
ちなみに肝心の槍ケ岳の夕焼けは、家族誰も覚えてませんでした。そういえばそんな景色も見れたっけ?ってパパに言われたんで、その光景を鮮明に覚えてる私はどうやら私だけのようです。
外食のできなかった私
小学3年くらいまで外食が恐怖だったシンプルライフです。
あえていえば、小学校低学年から3年の途中まで突然外食ができなくなったシンプルライフです。
なんで突然そんなこと思ったのかは全然わかんないんですけど、
ふと思い出したんですよね。
とにかく外食が大嫌いだったんです。
まぁ3人兄弟の末っ子なんで、子供3人抱えての子育てでは外食なんてほとんどなかった時代ですよ。
だから家で食べるという行為が普通で、外で食べるっていうことに全く慣れてない幼少時代を過ごしました。
あまりに外で食べるっていうことが恐ろしすぎて、外食はしないで出前にしてと泣き叫んだ記憶があります。笑
上二人はぶーぶーですよね。外食大好きの兄と姉だったんで。
親としては子供を喜ばせるつもりで外食しようといってるのですが、そこまで嫌がられるともちろん行きません。まぁそのほうが安上がりでいいわ的な考えもあったと思いますが。
それでも外食を避けられないこともあるわけです。
そんなときはものすごい吐き気に襲われほとんど食べられない症候群に見舞われました。
せっかくのおいしいごちそうにもほとんど手をつけることなく、ただただ家に帰りたいと祈ったわけです。
ただ突然外で食べられなくなった理由がわからないんですよ。
理由はあるはずなのに。
そんな私の一番の地獄の時間は小学校の給食でした。
月ー金給食ですよ。
しかも残しちゃいけないんです。
しかも大量なんですよね。
うちの小学校は給食の後そのまま掃除をしてから昼休みでした。
いっつも食べ終わらない私は周りが給食をきれいに平らげて机を教室の後ろに下げ始めてもまだ一人で給食と格闘していました。
周りの子供達には「まだシンプルライフがご飯くってるぞーー!」ってからかってくるし、先生もがんばって食べなさいって言うだけだし、なんで無理やり食べさせるの!!って私の頭はいつも真っ白でした。
私小学5年まで必ずオールAをとる優等生でした。
でも給食の時間ではぼろぼろだったんですよね。
それがまたストレスになって食べられない。
気が付けば給食の時間が近づいてくるのが恐怖でしかたがなかった。。。
そして一番嫌だったのが親にばれること。
先生が親に言っちゃうんですよね。シンプルライフは全然ご飯食べられないんですよーって。
ただそれをちくちく言われた思いでもないから、親もそこまで気にしてなかったような気がする。W
それが小学3年の夏だったかな、外食は怖くない、って気づいちゃったことがあったんすよー
夏に家族5人で5日間くらい山篭り生活をさせられました。(親が山好き)
普段は日帰り山登りが普通なんですがなんせ夏休みなんで親もがんばっちゃったんですよね。
てか行くとすれば絶対に山登りとワイルドキャンプなんですけどね。
そこでいった先は、飛騨山脈、北アルプスですよ。山という山が続く山脈地帯です。
登ったのが常念山脈でした。一つ山を越えてもまた次の山が現れる。一番高いとこにある山小屋に行くまでに
何日かかかるんですよね、しかも小さい子供抱えてですから。ただ親につれてかれた的な私は、いつも疲れて、こんな感じでした。(私、右)荷物も持たされてないのにね。笑 しかも髪型はマリオに出てくるきのこカット!
だいたいの食事はこんな感じで山道の途中で火をおこしてラーメン作ったりして食べました。
不思議と山の中では平気なんですよね。なんのプレッシャーもないっていうか。だから山の中での食事は大好きでした。
問題は山小屋での食事。チョー人いっぱいいるし、みんな熱気がすごいし、(その頃の若者の間では山登りがブームでした。だから周りは20-30代の若いにーちゃんばっかり)びびっちゃって全然最初は食べれなかったんです。
それが3日くらいたってやっと一番ピークの山小屋に着いたときくらいに、なんか山は弱肉強食、弱いものは生きていけないんだ!っていう周りの殺気?が感じられちゃったんですよ。しかもちょうど夕方時の晴れた美しい日でした、みな早く食べて夕焼けをみようと周りが皆焦っていたのもあります。
そしたら不思議と自然に食べられちゃった!
自分の中では与えられたものを全部、しかも地上から3000メートルも山の上にある、そんな辺鄙なとこでたべられた!ってのがすごいうれしくて、それが大きな自信になったって今でも覚えてます。
食事後、槍ヶ岳の夕焼けがまじできれいだったのを今でもクリアに覚えてます。こんな感じでした、
http://www.h2.dion.ne.jp/~relief/sunset.html
これを見ちゃったら、外でご飯食べられずに悩んでた自分がばからしくなりました。
なんて自分はちっぽけなんだ~~って。食事が食べれるというその事実に感謝しなくちゃ、もう食べ物は無駄にしないわ~なんて思ったわけです。
夏が終わり2学期に入ると、給食が一番好きな時間になったのは言うまでもありませよ~しかも残すどころかおかわりの常連です。
その後はもりもり食べ続け徐々に肥えていきました。ちょっと食べすぎくらいの勢いで・・
まぁそんな昔のちょっとした悩みをふと思い出したまでです。







