this is what we do with my bitches!! その2
前回 はちょっとまじめな話をしてしまったので、この前のパーティーの続き、その2を書いちゃいます。(その1 はここ)
うちのどS主任の家でおなかを満たすとちょうどリムジンが到着しました。8時ころ。
もう外は暗いので残念ながらリムジンを写真に抑えることはできず。
中はこんなん。ちなみに音楽はIpodとか持参がいいよー.あとお酒、食べ物はなんでも持ち込みOK.逆にリムジンにあるものは水と氷とグラス☆
すでにショットでいい気分になってる組は、、、とんでもないことになりました。リムジンは決して大きくない8人サイズなのに、隅から隅までぶっ飛ぶ、わめく、はしゃぐ、騒ぐ、爆笑する、何でもありでした。(いつもはとってもとってもとってもまじめなナースなんですよ)
ちなみに私が心から尊敬する、CrazyどS Hot 主任、われらが番長は右の髪を振り乱してる子。笑 (顔だしはタブーなので隠します。でないと、まじで殺されます。)
VIPだったので、長い列を通り越してまだ人がまばらなダンスフロアでがんがん踊りまくるナース7人組み。
われらが番長はクラブでは、すごいんです。いつものちょーまじめな厳しい完ぺき主義はぶっとび、
ポールダンサーに生まれ変わります。実際にポールにつかまって踊りまくってました。(写真はあまりに強烈なのでのせられず)。気がつけばふらふらーと違うグループの女の子や男の子と踊っては消えるし。笑 それを探しに行くのが私たちの任務でもあります♪
30分もすると、こんなにまわりに人がいた!
やっぱりカリフォルニアのクラブはタバコのにおいがまったくしないのでお酒さえたくさん飲まなければ
ほんとに健康的だと思う。うちらは純粋に踊りまくりたいがために、あとは友人とたまには10代のころのようにはしゃぎたいがために、たまーにクラブに行きます。ちなみに7人中3人は子持ちのママです!(普段はしっかりしたママですよ~~。やっぱアメリカに住む旦那はほんとに面倒見が多いパパが多いなぁ)
もう若くないのですぐ疲れるし、うちの主任転んで捻挫するし、若いときのようにはエネルギーは持続しませんが、それでも同僚たちといい時間を過ごせました。What a blast!
ちなみに1件目のクラブはここ。なかなかいい感じよ。
その後もう1件、はしご。
90’sパーティーっていうお題なので、流れる曲はすべて90年代でした。
私の90年代ってもちろん日本だったので、90年代の日本の曲が流れてたらあーやって一曲一曲にWOO!!!とかいってはしゃげるんだろうなーー。
残念ながら知ってる曲は、マイケルジャクソンとマドンナとフージーズだけでした。笑 (でもいくつか知っててよかったーーー)しってる曲が流れるといっきにアドレナリン感じるよね。
結局夜の8時から2時までリムジンをレンタル。十分すぎるほど踊ったあとはリモでちゃんと送ってもらいました。
ばか騒ぎするけど、みんな大人だからある程度の一線を超えることは絶対にないので。(主任を除く。主任はクラブでは目を光らせていないと消えます。)
食べて、飲んで、踊って、疲れておしまい。ただそれだけ。
でもそれをたまーにする相手がいるって幸せですね。
追伸
主任の捻挫はかなりひどいもので、その後ERに行って、そのまま、足を固定して引きずりながら次の日はしっかり仕事にきました。しかも職場では完璧!まじで恐るべし女!
今の職場のマイナス面について真剣に考えてみる。
今の職場で1年がたちました。たくさんのことを学びました。ほんとに恵まれた環境、設備、そして人材がそろっていると思います。
ただ、仕事に慣れればなれるほど、マイナス面がわかってきました。
すべてがそろいすぎていると、自分のスキルが落ちる
ことです。
前の職場ではすべてが足りませんでした。
人も、働く環境そのものも、設備も、医療器具も。
だから、自分でなんとかしなければならないのです。
すべてが責任重大でした。
複雑な傷の治療も、今の職場ではWound care nurseという専門知識をもったナースがすべてやってくれますが、前の職場では、自分でトラブルシュートしながら試行錯誤でやらなければなりませんでした。
急変がおきれば、今の病院ではすぐに、それはすぐにかけつけてくれる人材、知識がずらっとそろっています。だから私はすぐに胸をなでおろすことができます。
でも前の病院では、自分がコードを引っ張る勢いでいなければなりませんでした。
そこには図れ知れない責任とプレッシャーがありました。
でもひとつひとつ目の前にあることをこなすことでしか前に進めない私たちは、そのプレッシャーに押しつぶされずに、解決策を見出さなければなりませんでした。そして見出すことで大きく成長していったのです。
仕事に慣れると余裕ができ、細かい患者のケアができるようになります。
最近は思うような看護ができる日も増え、患者様からの感謝の気持ちをたくさん感じ取ることができるようになりました。それはそれで、とても、とてもすばらしいことなのです。
でも、ナースとして成長しなければいけない、と思っている私にはなぜかしっくりしないこともあるのです。
人に頼りすぎてないか?
結局他人に甘えればいいじゃない。
何かあってもみながいるから何とかなるだろう。
そういった甘え、責任逃れ、ぬるま湯につかる、ことになってっているのではないか?
と思うようになりました。
前の職場ではいろいろありましたが、新卒で雇われた病院が、私を何でも屋のように育てあげてくれたことに、とても感謝しています。「ここで一人立ちできれば、どこの病院にいっても大丈夫だよね」ってみんなが口をそろえて言うくらいに、、、大変なところでしたから。。
私は人生楽して生きることに非常に罪悪感を感じる人間であります。
そして成長することに関していえば、とても欲深い人間であります。
30を目前に、はっきりいって、焦っています。
今までいつも全力のシンプルライフはいつ死んでも惜しくないと思って生きてきました。
でも、30を前にして、何かが変わりつつあります。
ナースとしてのたった5-6年のキャリアを大事に大事に抱きかかえてるだけでは、人生は終われません。
そして、私、今死んだら悔やんでも悔やみきれません。
やっぱり人の役にたちたいという思い、そしてそれが直接私の幸せに直結してるという事実に、
私はやっと気がついたのかもしれません。
ナースになってよかった。
いろいろ考えてたこと、そろそろ行動にうつしていかないと、人生が足らない気がしてきました。
行動にうつしつつも、今の職場で、できる限りのスキルの向上も目指したいと思います。
結局は、ナースは自分自身の知識と経験しか最終的には頼れるものはないのだ、と思い、
日々の業務に励みたいと思います。
パソコンがおかしい
ここんとこ私のラップトップとデスクトップ両方がおかしくなりました。
あきらかに遅いし、何かが違う。。絶対にウイルスにやられたんだと思う。
FirefoxもIEもGoogleクロムもどれもおかしな動きをするし。
一度デスクトップがおかしいとわかっていたのにバックアップをせずにいたらハードディスクほんとにいかれたことがあってかなりの思い出が消えてしまったので、今回はさっさと対処してもらいました。
おかしいとおもった夜、すぐに旦那に伝えたら、朝起きたころにはバックアップ、リカバリ、ハードディスクの交換にもろもろすべてやっててくれて、しかもWindowsもやっとビスタを卒業、Windows 7になりました。(ファイナリーー)デスクトップはおかげでかなり調子がいい!
ただラップトップは古くなる一方でやっぱりよかったころの調子は完全には戻りませんね。
新しいラップトップにそのうち買い換える理由ができました♪
私たちの世代はもちろんじーさんばーさんになってもパソコンを使い続けるだろうから、もっとメカに強くなりたいと思いつつも家のハンディーマンがあまりに役に立つので甘えてばっ かりです。学ぶ気もありゃしません。。Ugh
this is what we do with my bitches!! その1
仕事と一緒でどs主任はパーティーのplanningになるとそりゃもう完璧主義で招待状からドレスコードからパーティーの細かい内容までしっかり言い付けてくるので残りのうちらはちょー楽
とにかく言われたとおりに来れば言いわけ。(でも行かないとちょっと後が怖い w)しかも主任も3月バースディなんだけどね。自分で自分のパーティーの幹事しちゃうほどのりのり。
とりあえず5時に主任宅集合。彼女一人でこれ全部用意してくれました。これ全部作ったのーーーーー??すごいーーって言ったら、
「違うわよ、全部オーダーして彼氏にPick upさせたの。でもデコレーションは全部自分でしたわよ!」
だそうです。
しかも主任おいしいものには目がないんで、オーダーした料理もちゃんとレストランとかからなわけ。
しかも1軒とかじゃなくて、4軒。しかも彼氏はNot invited。なので彼は料理を食べられないという。。笑



ちなみに主任は35歳になるのにHello kitty好き。
しかも自分で自分のためにオンラインでカスタムメイドのHello kitty をオーダー。でもHello kittyじゃなくてこれじゃあHelloキャシーだと、ぶち切れてました。こいつね

主任のおうちで8時までまったり。ここまでは序の口。
その間にショットであおり、予定通り8時にリムジンが到着~~~
続きは次回・・・
1年
去年の今頃は4日間くらいネットのライブ中継にかじりついてました。
地震が起きたとき福島にいたお父さんとは連絡がなかなか取れず、東京組みの兄、姉とはなんとかメールできたけど、途切れ途切れだし、お母さんは一人那須の傾いた家で電気も水も使えず夜を過ごし、私はといえば、日本にいる家族より地震、津波の状況を事細かく把握していたので、とにかく不安でしかたがなかったのを覚えています。
あれから1年、はやかったなぁ。
風化させてはいけないと思いつつも、結局は他人事のようになってしまう日常に嫌悪感を覚えますが、
私は私なりに生きていくしかないんだからしょうがない。。
ちょうど地震がおこって3日後くらいに新しい職場に転職したんで、地震のショックとか恐怖とかは毎日の忙しさに気がつけば流されてしまったように思います。でもそのときの記録をみると、忘れてはいけない感情が蘇ってきて、自分は今もっとできることがあるのに、十分にできてないんではないか、とまた嫌悪感を覚えるわけです。
そんな最近ですが、赤十字石巻病院の震災時のトリアージのビデオをみました。
感動した。。
日本の病院、、すごいね!さすがだね!って思いました。
2;45に発生した地震、その5分後には対策本部が設置され、その30分後にはトリアージの準備が全て完了、患者を受け入れる体制が整っていたっていう驚愕の事実に震えました。まさに最後の砦、患者は全て受け入れたみたいです。腎臓透析が必要な患者の全てを受け入れたのも石巻の病院だったようです。そういえばそんなニュースよく耳にした覚えがあります。
やっぱり私たちナースに一番できることは、Disater response、Disaster training,それにつきるんではないかと思う。
仕事もやっと慣れてきて、心にも余裕が出来てきました。
来週アメリカのBay area 赤十字のボランティアオリエンテーションに行ってみます。
RNの資格があるので、担当は災害のときのResponse teamになれるんではないかと期待しています。
妊娠する前にやっておかなきゃいけないことがたくさんある気がするから、ちょっと焦ってきました。
Time is ticking...
やれることはやれる範囲で実行していけたらな、、と思います。
ちょっとまじめな感じの日記になってしまいましたが、、、
次は、、
PARTYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYの記録をお届けしますよ~












