BirthD :D
27才だよん♪
正確には21日の23時7分に27歳になるだよん。
今夜は旦那が作ってくれるらしいけど何作ってくれるかな?
肝心な私といえば、生理が近いようで誕生日なのにいらいらMaxですが何か。しかも結局家にいるとのんびりしちゃって休み中にやりたいと思ってることが何もすすみませぬ。
ところで今週Renoに行って来ました~
久々の友人約3名に再会。2泊三日ちょー楽しかった。
相変わらずRenoは暑くて朝から30度超えって感じ。
TMCCに行って微妙に広がった夜景見に行ったり、(Renoって手軽な夜景といえばやっぱここでしょ)
空から変な宗教活動っぽいことしてる集団が聞こえてきておびえたり、
やっぱり超白人社会だと痛感したり、(だってアジア人見向きもされないんだもん)
$14でAll you can eat(食べ放題)のSushi食べに行ったり(やっぱりRenoは安いでしょ)、
新しくできたアウトレットモールに行ったり(今やSparksにアウトレットがある)、
Renoで新築の家を購入した同期の子の家に突然行っちゃったり、
夜にSonicっていう車の中にいながら駐車場で食べ物をオーダーするとローラースケートで食べ物運んできてくれるジャンクフードのお店にいっちゃったり、
動物I dont careの最低なこの私が奇跡的に犬とふれあったり、(3日もいるとかわいく感じるものね!!)
そんでやっぱり感動するのがどこにいくのも15分以内で到着。(町が小さいので)
「何する?」
「Reno何もすることもないからね~」
っていう会話が当たり前な町ですが、それでもいいもんですね♪何もないってことは自分とむきあえる時間がある、そしてあるもの、そこにいる人に感謝できる。
それにアメリカ初の大地はRenoでしたから。
久々の4時間強のドライブも楽ちんでした。
私がいなかった2泊三日の間も旦那はずいぶん一人身を楽しめたようで。
好きなことして~好きなもんを好きなときに食べて~たのしかったよ♪
って。でも私が作っておいたごはんたべてくいつないだ感じだったけど。
好きなもんたべたいならじゃあもうご飯作らないよって一言いってみた。
そしたらちょっとしゅんとした。笑
でもお互いたまに距離をおくことは重要ですよね。ちょっぴり休憩することでまた
楽しさ倍増。
さて今日は誕生日。
あしたはMつ参上。
そんで日曜は兄と兄嫁がアメリカ上陸!
そしたらシアトル行っていちろーの試合見に行ってくる。
なんか結局忙しい休暇なのです。
パパ、還暦
日本時間で今日はうちのダディーの誕生日。還暦です!
我が家の兄弟そしてその奥さんやら旦那も交えて壮大なプロジェクトを今回はお父さんのために用意しましたよ~
家族全員のコメント一つにまとめた誕生日カードに還暦は赤ってことで赤いものを送ることに。
18日にいろんな小包が日本各地そしてアメリカから届くように送りました。兄夫婦からは2-3品、そしておネエちゃんから、お母さんから、もちろん私もケビンとってことでアメリカから小包にスクラップブックを添えて送りました。あせって送ったからせっかく作ったのに写真撮るの忘れたし。。今度写真とっておくってもらおー
うちのパパ喜んでくれるかな?仕事から帰ってくるころには抱えきれないほどのプレゼントが届いてるはず!
親への愛情はどれだけ声を大にして送っても伝えきれないものです。せめて形に残すことでそれが強く残るならうれしい限りです。こんなに誇れる両親を持った私たちぴらが家は幸せ者です。
これからはもっともっと素直にありがとうを言っていこうと思っています。
いつもいつもありがとう♪
これからも長生きしてくれないと困ります!
キャンプ
1泊二日だったけどかなり濃い二日でした。やっぱキャンプさいこ~~
場所はサンノゼから1時間半南にあるPinnacles National Momumentっていうとこです。
標高が低いのでやっぱドライだし暑かったわ。
メンバーはいつも一緒にキャンプに行くNルソン君にその彼女Sラ。4人です。
一日目はかなりがっつりハイキング。洞窟の中を入ってく道と外のハイキングコースが混ざり合ってるかなりおもしろい道でした。最初は楽だったんだけど、4時間歩くとやっぱり疲れるね。手持ちの水も減るし、お尻痛いし、靴壊れるし、いろいろありましたが、4人でわいわいそこが一番楽しい♪
ハイキング始まった当初はただただ楽しくて写真撮ることにばっか夢中だったんだけど時間が経つにつれ疲れはて、写真取れてないし。
最悪だったのが散々トップ目指して歩いたのに、あと20分ちょっとってとこで突然ハイキングロードにゲートがあって道が閉まってんの。どこにもそんなサインはなかったし、もう頂上見えてるのにいけないって!!なんだかかなり消化不良ですが、でもあと20分も登る気力なかったんで写真とって休憩しました。
有刺鉄線が見えるでしょ?ほんとはそこの中を歩いてあの写真に見える頂上に向かうはずだったんだけどね。でもたぶん頂上からも同じ景色だったと思うからよかったとしよう。
夜はもちろんキャンプファイヤー囲って夜中まで酒飲んで、語って、カードゲームして、ショットして、とりあえずにぎやかにすごしました。キャンプ場にシャワーあったからかなり救われたし。私だけだったけどシャワー浴びたの。
星やばいね。やっぱアメリカの僻地から見る星空はかなわないよー空気きれいだし。
2日目は9時くらいにおきて、ご飯食べてテント片付けて、またハイキング。
2日目はお疲れで筋肉痛もかなりひどかったから2時間くらい歩いて終了♪
やっぱり久々に自然と触れると水の大切さ、お腹がすいたときの危機感?、文化繁栄の重要さに気づくね。
あとめちゃめちゃ汗かいたし。
我が家に帰ってきてみんなシャワー浴びたあとに、その夜はがっつりSeafoodバフェ行ってお腹いっぱい。
なかなか息の合った4人だったから和やかにスムーズにいきました。
私以外みんなエンジニアなんだけど、エンジニアと旅するってやっぱりなんでかめちゃめちゃ安心するね。何があってもテクニカルプロブレムは解決できるっていう感じだから。
負傷者約1名でたけど私の応急処置法も使えたし。笑
何はともあれたまのキャンプさいこー。
やっぱりわいわい友達と行くのは楽しいね。
ちょっぴり切ない
4日連続勤務を終えて心も体もリラックス中のぴらがです。
2週間前に痛めた腰の療養もかねて2週間のオフです。これで完治させないとな。
さすがに4日連続働くとお皿も山積みになるし、選択物も溜まるし、料理されるはずだった新鮮なお肉やお魚も鮮度を失ってなんだか切ない気持ちでいっぱいになりますが、オフ初日からかっ飛ばして6人分のディナー作ってみました。食べるの私と旦那だけだけど。
勤務最後の日の4日目になんだかとっても悲しい患者との別れをしまして、涙ちょちょぎれながらフロアから去るっていう感じでした。あと1日2日の命だと言われていた彼女で夕方6時に会いに行ったときには目をかっと開き、肩を使って必死で息をしながら、どうがんばっても酸素が肺に行き届かないのに周りの家族との会話はやめようとはしませんでした。酸素モニターは10分おきにアラームがなるくらいにもう末期癌のどうしようもない状態なのに、生きることをあきらめず、モニターのスイッチは絶対に切らないでと何度も念を押されました。
普通なら耐え難い苦痛です。モニターの酸素数値がどんどん下がってくわけですから。それは「死」を意味するわけですから。アラームがなれば必死に酸素を吸い取ろうとするわけです。私はまだ今日死にたくない、って叫んでるかのようでした。
6-7時の間、新しい入院患者の対応に追われチェックができなかたのですが、家族がついていたので、寂しい思いはしていないなと安心はしていたのです。
7時を過ぎる頃に家族から彼女が息をしてないという報告を受けました。
すぐに言ってみると毎分23回くらいで呼吸をしていた彼女の呼吸は6回ほどに落ち、意識もなく、血圧はもう測れませんでした。とにかく早く家族を呼び、彼女のそばについててあげてほしい、そしてたくさん話しかけてあげてほしい、という旨を伝えました。
来るべき時が早くきてしまっただけ、それでも悲しいものです。
結局私のシフトが8時に終わってしまったので家族と患者さんに挨拶をして私はフロアを去ったわけです。
皆さんもしあと余命が1-2日しかない、1ヶ月しかない、1年しかないという状況に自分や家族が立たされたら、あなたはその事実を知りたいですか?家族に伝えるべきだと思いますか?
実際にその場に立たされると、わからなくなります。
ほんとに知ることが幸せなのか。
でも私はやっぱり知りたい、知っておきたい、ただそれが1-2日でも。そう思います。
でもそれを果たして家族が望んでいるのか、それはやっぱりわからないのです。









