こんにちは、Ukoです。

 

自己紹介ブログを書いています。

前回までのストーリーはこちらから↓

 

自己紹介ブログ①【耳の聞こえない母の娘に生まれて】

自己紹介ブログ②【過去と向き合う】

 

 

父は電話で、

 

「家に戻ってきてほしい」

 

と言いました。

私はどういう意味かよくわかりませんでした。

 

家に帰ってきてってこと?

 

 

 

ママが入院した。

 

 

 

え?

 

 

父は電話では多くを離さなかったので、

訳がわからず、とにかく埼玉の家へ帰ることに。

ただならぬ気配は感じていました。

でも私はやっと自由に都内で暮らせるようになって、

すぐに家に戻るだなんて考えられなかった。

 

 

 

実家に戻ると父は私に

実家に帰ってきてほしい、と言いました。

それまで私の前で泣いたことのない

父が泣きながら、

 

 

 

ママにが見つかった

あまり長くないかも知れない

 

 

 

頭が真っ白になりました。

 

あぁこれって映画とか

ドラマの悲劇のストーリー。。。

 

 

 

 

 

 

神様なんていない

 

 

 

 

 

 

 

 

すごく悔しかった。

不公平だと思った。

ママが何をしたというのか。

私が悪い子だったのか。

 

 

 

母は癌になる数ヶ月前に

病気で左目の視力も失いかけていました。

それに追い打ちをかけるように

癌が見つかるなんて。

 

 

 

悲しくて悔しくて涙が溢れた。

どうして神様はママにこんな試練

を与えるのだろう。

いや神様はいない。。。

 

 

 

母は当初、末期の子宮癌で

延命できて3ヶ月と言われました。

 

 

それから抗がん剤、放射線治療で

入退院を繰り返し、癌に効く

食事療法はもちろん漢方、

癌に効くと言われている秋田の玉川温泉の

岩盤浴には父と母は何度も通い、

その甲斐あり、母は3年延命できました。

 

 

 

母が亡くなる2ヶ月前に

私に言ったこと、

 

 

ママ生まれ変わったらね、

自由ない体になって自分のやりたいことしたいの。

Ukoは健康で何にも不自由ないから

悩まないで楽しく生きなさい。

悩みすぎるとママみたいに病気になっちゃうよ!

 

 

 

胸が締め付けられる思いでした。

 

 

 

 

 

 

2006年の12月に母は亡くなりました。

 

 

 

 

 

3年も延命できたことは

喜ぶべきところだったので、

周りの人たちには3年も延命できてくれてよかった。

ママがんばってくれてありがとう。

 

 

なんて言っていたけど、

内心は不公平だ、

神様はいなかった。

いっそのこと私も死にたい。
脱力感でいっぱいでした。



あとで気づいたことですが、
母が亡くなるまで、
私は母のことを自分以上に
気にかけていたし、
母も自分以上に私のことを
気にかけていました。
お互いが依存してたのです。



それから私に試練が始まりました。



次回からは夢!?のロンドン生活編です!
 

左から母、私、従兄弟、祖母



 

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