「秋の切なさ。命の刹那さ。」
昨日の閉店後、オープン当初から仲良くさせていただいているカフェ好きカップルと、以前に登場した、Old new cafeに食事に行きました。そんな席の会話の中で、そのカフェ好きカップルの、彼女さんの方が、彼氏のミクシィの日記に対して、「文章が冷たい印象を受ける」と言っていたので、ついでに私のブログはどういった印象を持っているか、お聞きすると、
「色で言ったら、緑」 (癒しと中性的がテーマですし、それは褒め言葉!アメブロがそもそも緑ですし)
「曲で言ったら、レミオロメン・粉雪」 (こなーゆきーって叫んでしまうくらいの何かがあるのですか?…)
お二人にそう言われて、後者の印象に、爆笑してしまいましたね。
どういった類の感情からくる印象か分からないですが、願わくば、「切なさ」の類であれば、うれしいですね。
私のショルダーと、恋人のバケットトートを一時、交換しました。
8月に入ってから、若干、暑さも緩和されてきた感があり、秋物を探しにこられるお客様も目につくようになってきました。
日中はそれ程、気づかないのですが、夜になると、秋がもう近くに忍び寄ってきていることを感じさせますよね。
特に、虫の鳴き声が生み出す、独特の「切なさ」が、そう思わせます。
常々、よく言っておりますが、私は寂しがりなうえ、思考が退廃的であるので、必然的に「切なさ」が空気に現れる秋が、
以前はとても嫌いだったのです。男なのに、気持ち悪い言い方になってしまいますが、物思いにふけりすぎて、センチメンタルになりすぎて、テンションがブルーになってしまうのです…。
私も、8月22日で27歳になる、大人です。色んな経験をしてきたので、精神的に大人になっていますので、
気持ちがそのように揺らいだりすることは、あまり無くなったのですが、やはり、私の精神的構造の基本を占めているのが、退廃的な思考からくる、「切なさ」すなわち、「刹那さ」です。
「刹那」とは、一瞬とか、瞬間的なものの事を言います。
私は、物事が永続的であれば、幸せは絶対に感じれるものではないと思っています。
一瞬という、限りがあるから、人は一生懸命に生きる事ができるものだと思います。
そりゃ平和も、自分の命も、人を好きになる気持ちも、永続的を望むものだと思いますが、それらが、永続的だと何にもありがたく思わないじゃないですか。
私は、色んな物事が、死に向かうこと(退廃)は、人間が幸せを感じる点において、必要不可欠な真理だと思っています。
人は年を取るたび、始まりから離れていく。
自分が部屋に閉じこもって、何もせずに動いていなかったとしても、確かに、時間軸の流れの中で、自転する地球の中で、終わりに向かって、動いているのです。
そんな時間軸も、強力な重力や引力の中では、時間の流れが遅くなる事が、物理的に証明されているみたいですよ。
人の出会いもまた重力であり、引力であると思っています。
出会うべくして、出会っていく人達との、強力な引力は、死に向かう時間的な流れも遅くさせてくれるような気がします。
決して、時間の流れを止めることはできませんが、私は、何もしなくても終わりに向かっていくというのなら、
「何かをして終わりに向かって行きたい」。そういう風に思いますね。
Birken Stock ボストン ¥19.950(税込)37.38(23.5~24、24.5cm相当)
「女性の皆様、お待たせしました。秋サンダル・ボストンです。」
色んなショップを見渡してみて、ドンドン、秋物が入荷してきましたよね。
当店も、入荷はしていたのですが、寝かしてありましたね。7月の、「夏だ。プールだ。」って時期に、秋物の紹介するって、タイムリーじゃないでしょ?
そろそろ、秋物を紹介していっても良い時期だと思ったので、徐々に秋物も紹介していきますよ。入荷順ではなくて、これまでと同じように、出すべきタイミングで、秋物を紹介していこうと思います。
秋は、風景的な写真も、多く撮れることだと思いますので、自分自身、楽しみですね。
スポーツの秋・食欲の秋・芸術の秋・読書の秋などなど。私の中ではどれも当てはならず、
「切なさの秋」として、退廃的な文章や、写真を綴っていきたいですね。
Simple is the BEST ! タケウチ