生きる選択 | うーのブログ

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4月1日未明に痰が詰まり、私は、窒息死しかけた。

 

その日は水分補給があまり出来ずにいて普段より痰が固かった。

苦しくなり始めにサチュレーションを測定した時のSpO2は、84だった。

※参考① 説明

わざと咳込んで、痰を出すが出ない。

いつもなら少し楽になるのに、どんどん息苦しくなる。

置物と化していた吸引機の電源を入れた時は、既にSpO2は、70を切っていた。

みるみるうちにSpO2は、下がっていき、「やばいマジで死ぬかも・・」と思った時は、

SpO2は、51で、救急に電話している声が微かに聞こえていた。 

そこで意識が途絶えた・・ 

 

と、思ったら救急隊の操作しているストレッチャーが荒くて、玄関の段差で「痛てぇー」と、その衝撃で間もなく意識が戻った。

そこからの記憶は全てある。その時は、気管挿管されていて、空気が送り続けられていた。

口の中が切れて血の味がして、ただただ苦しかった。

でも生きていた。 

助かった・・

 

ただ医師は、私と意思疎通が図れないので、意識はあるものの低酸素状態が長かったので、現状を理解していないと思われていた。

 

研修医みたいな人が、

「病気とこれからも戦いますか、それともここで戦うのを止めますか?」と聞いている。

突然の気管切開をするか、否かの質問に戸惑った。

研修医は、私と意思疎通が図れないので困っていた。

 

当然生きていたい気持ちと、弱気な気持ちが押し寄せる。

たくさん我慢をしてきた・・ これからも続けられるのか・・

閉じ込めになったらどうする・・ 死にたくなったらどうする・・

 

あのまま目が覚めなければ、私の人生は終わっていた。 

 

漫画みたいな走馬灯の回想シーンなんてなかったぞ。

スローモーションになるとこなんてなかったぞ。

苦しくなってジタバタして、限界が来たら意識が遠のいて・・

そのまま意識が、落ちて真っ暗闇だったぞ。

あのまま死んでいたら、あんな最後で人生を終えていたと思ったら、

なんか泣けてきた。 

 

色々考えて、考えて、考えて、悩んで、悩んで、悩んで、

また考えて、悩んで、そして、我慢して、我慢して、我慢して、

時に、笑って、生きてきた人生の幕を終える時なんかあんなちっぽけなのか・・

あのまま死んでいたら、私はこの世に存在しない世界が来るだけ。

私の知らない世界が始まるだけ。

 

私は、他の健康の方たちと同じように生きられないかもしれない。でも・・

もう少しだけ生きてみようか・・

 

延命。  

 

5年、10年生きられるかも・・

その前に眼球が動かなくなっているかも・・

ただこんな易々と死ぬのはないな。

家族・会社の皆、そして同病の方々を悲しませたくない。

せめて、次の死に際は、人生の回想をして死にたいな。 

 

今を生きよう。生ききろう。 

 

ずっと逃げていて、死にかけて運ばれるまで我慢しても、選択しきれずに先送りにしていた延命(気管切開)を決断した瞬間だった。

 

生還した私に、ある人からこんな言葉をかけていただいた。

何かの為に生きているのではなく、生きているからこそ何かの為になる。

そして、生きているは生かされている。

また涙が出た。

 

 

※参考①

【サチュレーション(SpO2)とは】

体内のヘモグロビンと結合した酸素量の割合のことで、パルスキシメーターを使い、皮膚を通して光の吸収度で測定します。 正式名称は、経皮的動脈血酸素飽和度といいます。

 

Q1.パルスオキシメーター いくつなら大丈夫?

測定の結果、「95以上」の場合は一般的には問題ないとされます。

 

Q2.Spo2が90 以下になった場合、考えられるのはどれか?

SpO2が90%のときはPaO2は約60mmHgであり、呼吸不全の状態と判断できます。

SpO2が75%のときはPaO2は約40mmHgであり、心虚血性変化をもたらす危険性があります。

SpO2が50%のときは、PaO2は約27mmHgであり、組織障害をきたし、意識障害や昏睡状態に至る危険性があります。

 

Q3.パルスオキシメーター いくつになったら救急車?

酸素飽和度(SpO2)が 92%以下になった―場合には、すぐに「119番し、救急車の出動を要請する」ことが必要です。