すべての人に生きる価値があり、生きる価値・意味などを他者の解釈で定義付けたら、人類は恐らくいなくなってしまうだろう。負の連鎖で憎しみ殺し合う殺伐とした社会に発展する。まさにこれが戦争ではないか。
このような「優生思想」は恐ろしい。
ただし「うちなる優生思想」を持つ人が多い事も事実。
我が身でなければ、目先の判断で自身が都合よくなることを考えてしまう。集合体の中で少しでも自分の価値を見出したくて、弱いものを見つけ優位に立とうとする。そして勝手に解釈し決めつける。
ただ社会の在り方で、障害またその考え方なんてものは如何様にでも変わってしまう。
そもそも生きる意味なんて存在するのだろうか。
生きている、その存在がすべてなのではないか。
すべての生きずらい人々が生きやすい社会となるように。
合理的配慮が自然になされる社会に。
と私は思い、そう願う。