命綱は離せない。生きるための介護を求めて | うーのブログ

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異なる病ですが、皆さんに知って欲しい

情報なので共有します。

 

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https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20161226-OYTET50051/

 

筋ジストロフィーの詩人 岩崎航の航海日誌
2016年12月28日
コラム
命綱は離せない。生きるための介護を求めて

命綱は離せない。生きるための介護を求めて

11月9日、二人の市担当職員が自宅に訪れ、生活状況などを調査した
 「あれ? 岩崎さん、どうしたのかな」
 「何か、体調でも悪くしてるのかしら」
 毎月、第3水曜日更新の当連載。掲載が1週間遅れてしまいました。ごめんなさい。心配をおかけしましたが、もう大丈夫です。
 27歳の時、ペンネームを岩崎航に決めました。
 これから先どのような 波浪はろう があっても、自分の人生を最後まで渡りきっていく。決意のような思いを込めて名付けました。それから13年後の今、この連載コラム「岩崎航の航海日誌」を書き続けながら、本当に波風の真っ 只ただ 中を進んで生きている心持ちです。私は第一詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社)に、「生き抜くという旗印は、一人一人が持っている」と書きました。旗は強い風が吹き付けている時、音を発します。もっとも力強くはためきます。
 ひとり暮らし実現への道を 綴つづ る実況中継。また状況に動きがあったので本題に入りたいと思います。これまでの経緯を知りたい方は、前稿までの各記事をお読みください。

  「それは、生きるため。自分の人生を生きるため」

  「希望することの力を信じる」

  「安心を力にして 必要なギアチェンジ」

 

障害福祉行政との協議

 9月初旬、計画相談支援を受けて作成した書類を仙台市の区役所に提出しました。今、利用している居宅介護(身体介護・家事援助・通院等介助を合わせ246時間/月)から、重度訪問介護(744時間+2人体制が必要な入浴と外出介護の時間/月)への変更を求めるのと、現状の介護サービスが適切に提供されているかを確認し、今後の支援の展望を示した書面です。

 

 その後、同月30日には区役所の担当者と、私のケアマネジメントを担当する相談支援事業所の相談員及川さん、所長さんとの介護支給申請についての話し合いが持たれました。協議の後、及川さんからは「介助の必要性を心情的には理解をいただいた印象を受けましたが、当局内での協議や支給基準などがあるためか慎重な様子も見受けられました」と報告を受けました。

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両親にも介助の状況を質問していた

 私としては、慎重の理由が何かとても気になります。しかし、介護支給の決定に至るまでに様々な協議を経るのは手続きとしては当然です。ともかく一定の理解があるように感じられたのは、今後の明るい材料だと思いました。

 常時人工呼吸器を使用し全介助状態にある私にとって、命と生活を守るためには、終日24時間のヘルパー介助が必要なこと。両親が持病の悪化と高齢化により、私の介助ができなくなってきていること。それらの状況を詳細に説明する資料を添えて計画書を出したのが、職員の理解を得るのに役立ったのかもしれないと思いました。