開いて下さり
ありがとうございます
息子達が学校に行きにくくなり
2年経ちます。
現在は、2人とも完全不登校。
子どものこと、私の心の学びや気付き
日々のあれこれを綴っています。
現在、カウンセリング修行中。
こんにちは ひかりです。
子ども達は本日が終了式の日。
(放課後にチラッと学校に行くと言ってましたが、先生の急な体調不良により延期に。)
ちょうど2年前は、
次男の朝の腹痛が始まってから、1ヶ月過ぎた頃。
「次男が不登校になってしまうのではないか」という不安と恐怖の3学期終盤を
何とか通過し、やっと春休みに入る安堵感をほんの少し感じていました。
「不登校になってしまうのではないか」って…
実際は、私が無理やり保健室に送迎していただけで
次男の心はとっくに不登校だったのですが(汗)
学校を休みだしたり
身体に不調が現れた時には
子どもはすでに、がんばって、耐えて、がまんして
そこを通過して、すり減って限界をむかえた状態。
息子も、朝の腹痛が始まるもっと前からきっとしんどかった。
私は、その前のしんどさにも気づけなかったし
(ふりかえると、思い当たることはある)
すでに限界が来ているんだということもしばらくわかりませんでした。
そんな私が、当時、春休みを前に思っていたことは
どうしたら最短で元の状態(学校に通う)に戻れるか!
「春休みに充分に休息をとって、充電して、新学期には復活だ」
そんなふうに内心意気込んでいました。
全く、子どものそのままを見られていなかったです…
当時は、ネット検索するのも
「不登校 回復 最短」みたいなワード。
自分に都合の良い、自分を安心させられる情報を求めてばかりでした。
うっかり、「学校にはいかなくていい」なんてワードを目にしたら
ゾッとして慌てて閉じる…。
当時は「不登校」だと認めたくなかったし
完全に休むと立ち上がれなくなると思い込んでいて
少しでも学校に行かなきゃ
宿題プリント出しに行くだけ
保健室の先生に会うだけ
校門にタッチするだけ…って
息子にはそんな意志は全くなかったのに
何かをせずには(させずには)いられませんでした。
日々、保健室に息子を送迎する中で
先生から私が言われた言葉
「お母さんは本当に熱心で、すごいですよ。
保護者の方が、こんなに熱心じゃない…ほったらかしのご家庭もあるんですよ。」
(ほったらかし…?その状態で苦しんでるかもしれないじゃない?)
先生の言葉に反発を感じつつも思いました。
ちゃんとしてるお母さんって思われているんだな。
息子にとっても、学校に戻れることが何より大切なはず、という思いもあったけど
本当は、不登校を認めることで、自分の存在価値が崩壊するような「不安」「怖さ」を感じることを避けたくて必死に行動していました。
「ちゃんとした母」であることで自分をまもっていました。
子どもを犠牲にして。
たぶん内科的な問題じゃないと感じつつ病院に通ったり
ぐったりしている息子に圧をかけて保健室に向かわせたり
固まる息子に対し、学校に行く大切さを語ったり
ゲームをガッチガチに制限したり…
息子が今どんな状態か
息子のそのまんまをみることが
全くできませんでした。
後悔しています。
でも、
あの時の自分には「不安」「恐怖」がパンパンに詰まっていて
ああするしかできませんでした。
順番があって、
まず、私の中の「不安」や「恐怖」をしっかり出して、癒してじゃないと
どんな人に説得されようが
どんないい対応を教わろうが
不登校を受け入れることはできなかったし
息子のそのまんまを見ることもできなかったと思います。
子どもを見守れるようになるのも、
充電の邪魔をしないようになるのも、
まずは母である自分が自分と向き合うのが先。
息子にしんどい思いをさせたという後悔も確実にあるのだけど
どうしたって、もがくことが必要不可欠でした。
だから、もし今、
不登校を受け入れられない!
どうしても学校に行って欲しい!
苦しい、怖い…!そんな気持ちがある方は
あるもんはあるんだから
もがきながらでも、
その気持ちに向き合うのが 最優先。
先生に言われた
「お母さんは本当に熱心で、すごいですよ。」
これを、完全不登校になってからも時々思い出します。
ちょっとニガいような気持ちとともに。
その度に
「ちゃんとしたお母さんでいなきゃと思ってたな」
「子どもをほったらかしてるお母さんて思われるの怖いよね」
「なんだあの家庭は…ってもし言われてたら…なにがどうなりそう?」
「どんな気持ちが湧いてくる?」
そうやって、たくさん自分の気持ちを出して
自分が聴いて、出てきた感情をそのまま受け止める
それを繰り返していくと
「熱心なお母さんと思われなくてもどうってことないな」
「ちゃんとしたお母さんじゃなくていいや」
「先生にどう思われようが…怖いことなんも起らんわ」
って、なりました。
すると、自分の「不安」のために
子どもをどうにかしうようとしなくて済むようになりますし、
「不安」や「恐れ」のフィルターを外して子どもを見れるようになって
なんて可愛いんだろ…
なんて素晴らしいんだろう…
なんて面白いんだろう…って
学校行く行かない関係なく
ただ感動的な尊い生き物がいるなぁ
って、ゲームしている姿を見ても感じるようになりました。
(いつまでゲームばっかりするんだろ…と思う時もあります)
その歓びを味わっていると、
他のことなんて小さなことだな〜
そんな気持ちにすらなります😊
🌸「不安」「怖い」そんな気持ちが出てくる
🌸そんな↑気持ちに1人で向き合うのはしんどい
そんなときは、公式LINEよりお気軽にお話聞かせてくださいね(無料です☺️)


