開いて下さり
ありがとうございます
息子達が学校に行きにくくなり
2年経ちます。
現在は、2人とも完全不登校。
子どものこと、私の心の学びや気付き
日々のあれこれを綴っています。
現在、カウンセリング修行中。
こんにちは ひかりです。
子育ての「こうあるべき」「ねば」
とても強かったなぁ…と、今では自覚のある私だけど
息子が不登校になる前、その自覚は全くありませんでした。
当たり前のようにそこにあるものって
自分ではなかなか認識できなかったりします。
不登校になってから、じぶんの子育てを振り返り
「べき・ねば」が強かったな…と、ようやく気づけました。
「学校に行く(べき)」
「宿題をする(べき)」
「時間を守る(べき)」
「〜する(べき)」
でも…
大多数がそれを大事にしてるよね?
「学校に行く」
「宿題をする」
「時間を守る」
みんな当たり前のようにそうしてない?
「べき」がつくつかないで、どうちがうの??
不登校に関連した「べき・ねば傾向」に批判的な記事を度々目にして
そのせいで息子を不登校にさせたのか!?
よくないらしいからやめたい…
そう自分を責めるものの、
何をどうしたらいいのかわからない。
…わからないいまま、時間が過ぎました。
でも、
UMIで意識のエネルギーについて学ぶなかで
「なるほど」とわかったんです。
【子育て】手強い「べき・ねば」には〇〇が隠れてる
〇〇に、何が入るかわかりますか?
それは…【恐れ】
手強い「べき・ねば」には【恐れ】が隠れているんです。
「学校に行く(べき)」
「宿題をする(べき)」
「時間を守る(べき)」
「〜する(べき)」
もし、それらが全うされなかったら…
その先に何か大変なことが起こる、怖いことが起こるという恐れ。
宿題をしていかなかったら…
遅刻ばかりしていたら…
学校を休んでばかりだったら…
不登校になったら…
私にはその先に
世間の流れから外れてしまう
見放されてしまう
白い目でみられる
…居場所がなくなる…
そんな恐れの思い込みをもっていました。
潜在意識にそんな思い込みがあるから、
息子にだってそんな思いはさせないよう無意識に「~べき、~ねば」と必死になっていたわけです。
先日、私の職場で(息子の学校のお隣にある公共施設)
PTAとの共催で保護者同士の交流を図るイベントを催しました。
(けっこう濃厚に学校とかかわっています。息子は関わりませんが 笑)
平日の子ども達が学校に行っている間に
お母さんたちでアクセサリー作りを楽しむ企画。
そこにお母さんと一緒に、小2の女の子が来たんです。
「アクセサリー作りに参加したいからって、今日学校休んだんです」と、お母さん。
その女の子は、楽しそうにアクセサリー作りをして
出来たものを嬉しそうに見せてくれて
親子でニコニコと帰っていきました。
私もニコニコと対応していたけれど…
心の中では衝撃が渦巻いていました。
私はそんなことは「ありえない」っていう世界に住んでいたなぁ…という衝撃。
我が家だったら?と考えたら
息子は、そもそも言いもしないだろうし
(学校は行くもんだと思っている、この母が許すわけないと思ってるから)
もし、言ったとしても
私「え?学校の日だよね?」で終了。
責めるとか反対するとかでもなく、当然のように
「だって学校の日なんだから。行くなら休日のイベントだよね。」っていう感覚。
「学校を休む」のは、病気や特別の理由でもない限りダメだと思っていたし
(それは、昭和世代はわりと多いかな)
それを崩したら大変なことになるって思い込んでいたから(無意識です)
例え、息子が勇気を出して言ったとしても
「休んではならない」を死守したでしょうね。
…簡単に休むようになって
楽な方に逃げる人間になって、
常識のない、ルールを守れない人間になるかもしれない…
それを避けなければいけない…って。
「恐れ」の意識ですね。
重たいマイナスのエネルギーです。
「アクセサリー作りのイベントに行きたいから休む」をOKしたことで
その後も学校を休むようになるか?
楽な方に逃げる人間になるか?
常識のない、ルールを守れない人間になるか?
そうではないですよね。
宿題をしていかなかったら…
遅刻ばかりしていたら…
学校を休んでばかりだったら…
不登校になったら…
世間の流れから外れてしまうのか?
見放されてしまうのか?
白い目でみられるのか?
そうとは限らない。
たとえそう感じることが起きたとしたら、居場所がなくなるのか…?
そんなことないんですよね。
居場所はある。
(ないっていうのは勘違い)
その子は、
学校の日だけどアクセサリー作りに行きたいって
お母さんに言えたんだな。
そして、お母さんはそれをOKしたんだな。
それを実行して、他の保護者のいる場に行った。
(背景を知らずに想像も込みでかいてますが)
そのお母さんの対応が正しいか正しくないかではなくて
とても軽いなあと感じたんです。
そもそも、世間的に「正しい」ことをしようとすると
それを守ろうとすると
重たくなっちゃうことが多い気がします。
意識のエネルギーで見ると、それってコントロールでもあるし、
さらに私のように「恐れ」が強かったりすると
さぞかし子どもは重いエネルギー受けていただろうなと…![]()
※軽くありたいですね~。お手本さん?の話↓
「べき・ねば」を手放して、気楽にやろう。
そう思っても、出来ないから困ってるっていう
手強い「べき・ねば」がある方は…
そこに【恐れ】がないかを見てあげるとよいかもしれません。
その「恐れ」を見つけて、癒してあげる。
そうすると手強い「べき・ねば」が緩んでいきます![]()
一人じゃ見つからないよー、緩まない〜って方は、お手伝いさせてくださいね✨


