ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。
これまでの話
真夏の海のA・B・C…D 1
真夏の海のA・B・C…D -2-
抜けるような真っ青な空
照りつける太陽
陽の光を反射するマリンブルーの海
リゾートホテルLEMのプライベートビーチは今日も夏の海を楽しむ人で賑わっている。
ホテルの客以外にも有料でビーチを利用でき、設備の整った海の家やカフェを擁するこのビーチはビーチ利用のみの客も多い。
そんなビーチの中で、庶民的だが味は全てワンランク上!という人気の海の家『だるまや』。
「いらっしゃいませ~!」
店内は簡素なほどシンプルなどこにでもある海の家。そんな店内に元気のいい声が響いている。
「ご注文は何にされますか?」
「オススメは?」
「定番の焼きそばやチャーハン!でも大将の料理は何でもおいしいですよー。栄養バランスもばっちり!あ、まだ和定食もあります!今日とれたお魚、とっても美味しいんです。浜焼きもありますよ」
「え?定食??」
「はい」
海の家といえば、具の少ない焼きそばや申し訳程度のフライドポテトなどなど屋台メニューが主だが、だるまやは定食屋の様なメニューも充実している。
にっこり笑って客の対応をするのは、最上キョーコ、二十歳。
Tシャツにハーフパンツ、だるまやの店名の入ったエプロンとシンプルな格好だが少し焼けた健康的な手足が覗き、動きに合わせて跳ねる栗毛のショートカットが元気な印象だ。
混み合ってきた昼時でも、一人で回すには少々きつそうな席数の店内のオーダーと給仕をてきぱきとこなし、店の奥では大将と女将さんがフル回転で料理を作っている。
「すいませーん!この限定カレーってまだありますか?」
客が注文を迷っていると、別の席から声がかかる。まだメニューを見て逡巡している目の前の客をチラリと確認しキョーコはふわりと笑った後、声だけ別の客に飛ばした。
「スイマセン。今日はもう終わっちゃいました」
「残念ー。ここの限定カレー美味しいって聞いてきたのに」
「ありがとうございます。いつも昼前に無くなってしまうので、機会がありましたら午前中にどうぞ」
「やれやれ、ひと段落だね」
「はい」
昼時ピークが過ぎ、一時的に客の居なくなった店内。店の奥から出てきた女将がキョーコに声をかけた。
キョーコが女将を振り返ると、厨房の奥で大将が椅子に座ってお茶を飲んで一服しているのも目に入る。
「今年はここの社長さんに頼みこまれてこの浜で店を出すことにしてどうなるか心配だったけど…。キョーコちゃんが今年もバイトで来てくれて大助かりだよ」
1人で2人以上の働きをしてくれるからねぇ、と女将が自分の肩を叩きながらキョーコに笑いかけた。
海の家『だるまや』は元々一般の海水浴場で夏季営業をしていた。キョーコは大学に入ってから去年、一昨年とこのだるまやで季節バイトをしていたのだ。ホテルの社長から料理の味に惚れこまれ、首を縦に振った大将は今年、このホテルのビーチで営業することになった。
「いえ、今年もバイトさせてもらって嬉しいです!しかもこんなリゾート地で!」
「いつもの浜から離れてるだろう?あんたが来てくれればこっちも助かるけど何せ遠方だしね。求人出して連絡くれたのがキョーコちゃんでびっくりしたよ」
「住み込みなんてむしろ大歓迎です!」
去年までの2年間は1人暮らし中の大学の近くで自宅から通ったが、ホテルのビーチはリゾート地で離れている。
夏休み中ずっと賄い付きの泊り込でのバイトとあった求人はキョーコには好都合だった。ただでさえ苦学生で夏休みはバイト三昧の予定が、寝泊り食事つきでしかも気心知れたなじみのバイト先。
環境の違うビーチでの今期の営業。まったくの新人が申し込んでくるのを前提にしていたためは求人募集二人としていた。しかしバイト申込みが気心知れて働き者のキョーコと分かり、これなら一人で二人分の戦力とバイト代も底上げしてくれた。
「しかも、一緒に申込みしたモー子さんの分は別口に交渉してくれるなんてもう今年の夏は最高です!」
「モー子さんって、あれかい?最初に一緒に申し込んできたこの子のことかい?」
「はいっ」
募集二名だったのでキョーコは当初同級生の琴南奏江と二人でバイトするつもりで連絡したのだ。
バイトがキョーコとわかれば1人で良くなっただるまやは、雇い先のホテル内での夏季バイトを紹介してくれたのだ。
住み込みといっても部屋はホテルが用意したツインルーム。
見知ったバイト先に色を付けてもらった給料、浮いたひと夏の光熱費に食費。しかも親友と日中のバイトは別だがひと夏の共同生活。
キョーコにとって大学3年の今年の夏は、まさに天国だった。
「新しい場所で、どれだけお客さんが来るか分からないからちょっと不安だったけど。この分だと心配いらなそうだね」
「前の浜よりスゴイ人ですねぇ。でも有料ビーチのせいかお客さんのマナーもいいような気がします」
「この分だとこれから先お世話になってもいいかもねぇ、あんた」
「………まぁ、まだ分からねぇだろ」
女将が厨房内で休んでる大将に声をかけるとぶっきらぼうな言葉が返ってくるが、決して機嫌の悪い声じゃないのがキョーコにも分かって女将と顔を見合わせてこっそり笑った。
「…あれ?」
一息ついた後、次の来客に備えて店内を見回したキョーコは隅の座席に見覚えのないものを見つけ声を上げた。
「女将さん、お財布の忘れ物みたいです」
小さいコインケースを拾い上げ、キョーコは女将のもとに駆け寄った。
一応確認と女将が中を確かめると、海で濡れてもいいようにだろうか小銭ばかりだが500円玉が複数枚。海での落下防止かチェーンもついている。
「困ったね。海に来てるからそうそう身分証明書とかカードとかは入ってないだろからいいけど、これじゃ持ち主が分からない」
「小銭だけならまだしも、小銭で数千円って…」
苦学生のキョーコから見たら、この金額を落として無くしたとしたら結構ショックだ。キョーコは記憶をたどり、このコインケースがあった座席に座っていた客を引っ張りっ出していた。
「女将さん、私その席に座ってたお客さん覚えてます。ビーチに探しに行って届けてもいいですか?」
「そうだね。まだお客で混む時間じゃないし、お願いできるかい」
時計を見上げて、女将はこの後の客足を予測しキョーコの提案を受け入れた。
(えーと確か…)
キョーコが顔も正確に記憶するのが難しいたくさんの客のうちインケースの持ち主のことを引っ張り出せたのは、なんとなくその客が思い出したくない人物と似ていたから。
金髪に近いほど明るく染めた髪にゴツイシルバーアクセサリー。
今となっては愚かしい、過去の経験。
盲目的な恋は現実を知って愚かな自分を恥じるほどで、決別した現在は金銭的に苦しくても自分の為に自分で生きるこの生活をキョーコは純粋に楽しんでした。
(あんな馬鹿でも、こんな風に役に立つときがあるのね…)
吹っ切っていたはずなのに、時折思い出して苦い思いをするのは愚かな自分への罰で、二度と恋なんてしないと思う自分を強化する啓示なのだとキョーコは受け入れていた。
目的の客は男性グループで全員似たような容姿だったのできっと見つけやすいだろう。
キョーコは苦笑してビーチを見回す。
「いた…!」
視線の先、防波の為にめぐらされた護岸とテトラポットに明るい髪色の男性グループを見つける。ハーフパンツタイプの水着の色も記憶と合致した。
浜から遠いテトラポットに見つけた人影。店に戻るまでの移動時間を考え、キョーコは駆け足でそこに向かった。
「…はぁ、はぁっ…、お、お客さんっ」
「えっ?」
僅かに息を切らせたキョーコに突然声をかけられた男たちは、驚いたように振り返った。
「海の家、だるまやの者です。お財布お忘れになりませんでした?」
キョーコは息を整えて、エプロンのポケットからコインケースを取り出した。
「あっ!俺の」
「お前無くしたのか?」
「いや、今の今まで気が付かなかった…」
その様子に、記憶通りこの男性が持ち主とわかりキョーコはほっと息を付いた。
「サンキュー店員さん。助かったよ!」
キョーコは足場の悪いテトラポットを器用に伝い、海に半身つかりながら涼んでいる男性にコインケースを手渡す。
「良かったです。次からは気を付けてくださいね?」
無事忘れ物を届けてほっとしたキョーコが元来た道を戻るためにテトラポットの上に立ち上がろうとした瞬間、突然の突風が海の上を駆け抜けた。
風に煽られたキョーコは、立ち上がろうとしていたことも手伝ってバランスを崩した。踏ん張ろうと伸ばした足はテトラポットの丸みに体重移動を見誤り、ずるりと滑る。
(え…?)
キョーコの視野は訳が分からないまま反転し、自分の足先と一緒に空が見えた。