(あー、もう…)
事務所に向かう帰りの車の中、社さんはニマニマと嬉しそうな視線を俺にちらちらと投げかけていた。
「着きましたよ。どうぞ」
なんとなく癪だったので、事務所の駐車場でなく裏口の前に車を横付けして社さんに声をかけた。
「え…?」
シートベルトを外さずに、ただ送りました的な態度で社さんを促すと、彼は眉尻を下げてひどく困惑した顔をした。
「お前は行かないのか?」
「だって事務所に用があるのは社さんでしょう?俺は帰りますよ」
わざとにこやかに返してみれば、社さんは絶望的な顔をして泣きついてきた。
「れ~ん~!!悪かったよ、いじりすぎたって反省するからそんなに怒らないでくれ!!」
「何を言ってるんですか?怒ってなんてないですよ?」
「分かってるぞ、その笑顔は怒ってるんだ!頼むから機嫌なおしてくれよー」
どうしてなかなか、最上さんに負けず劣らず最近の社さんは俺の機嫌をかなり察するようになってきた。
表面上は何もおかしい事も言っていないし、、間違っても不機嫌だなんて言われない笑顔を作ったのにこの人は俺が怒っているという。
確かに、当然俺も一緒に最上さんのところに行くと思っている社さんの思惑通りに行くのが少し癪だっただけだ。
結局彼女に会えるかもしれない、いや社さん情報でほぼ確実に会えると分かってるチャンスをこんな些細なことでつぶす気などないのだ。
「頼むから一緒に行こう!なっ!?」
「はいはい、分かりましたよ」
形だけは社さんのお願いを聞くスタイルを作って、駐車場に車を移動させて事務所内に入った。
***
「これはまた…」
事務所のエントランスに入れば吹き抜けの2階部分は悠に超える巨大な笹が鎮座しており、昼間感じた笹の香が満ちている。
「笹の大きさは社長の気持ちの大きさだよなぁ」
想像より遙かに巨大なそれに、社さんが相槌を打ってきた。
撮影が少し押したせいで、時刻はちょうど夕飯時。人の切れ間なのかエントランスには人影が少ない。
1階フロアの笹の下に目を向ければ、織姫の扮装だろうか天女のような衣装の人影が目に映った。
長い黒髪からあれは琴南さんと認識すれば、自然と会いたかった自分の織姫を探してしまう。
「琴南さん、お疲れ様!」
社さんが声をかけると黒髪の織姫はこちらを振り返り、一瞬だけ顔を顰めたがすぐにぺこりと頭を下げた。
「綺麗だね!織姫の衣装。似合ってるよ」
「どうも。それにしても社長のコスプレ強要ってどうにかならないんでしょうかね?」
社さんと琴南さんの会話を聞きつつ、視線は自然と最上さんを探してしまう。
「キョーコならあそこですよ」
溜息とともに琴南さんから声をかけられ、彼女の方を見れば琴南さんの指は上を指していた。
指先に視線を向ければ、2階部分に笹の陰からちらりちらりと動く茶色の髪を見つけることができた。巨大すぎる笹は2階の吹き抜け部分からも手が届き、書き終えた短冊を最上さんがつるす作業をしていた。
「おー、やってるやってる。キョーコちゃんのことだから、今回のイベントは楽しんで仕事してるんでしょ?」
「こういうイベントや行事、最上さん好きそうですからね」
忙しく動いている最上さんの表情は1階からは遠くて伺えない。
日中話していた彼女のイメージのままにそんなことを社さんは投げかけると、琴南さんは思いっきり渋い顔をした。
「…そんなわけないですよ」
「「え?」」
「人と接しているときは仕事だからって営業スマイルですけど、気を抜くと般若の形相でブツブツ文句言ってます。仮にも女優がそんな顔するなって叱ってるんですけど」
そうは言われても風流な行事に、ロマンチストな最上さんが好きそうな天女のような衣装。
どうして彼女がそんなにも不機嫌になる要素があるのだろう?
首をひねっていると、琴南さんが何かをずいっ筆ペンと差し出してきた。
「こちらも仕事なので。どうぞ、短冊に願い事を書いてください。敦賀さんは短冊をキョーコから貰ってくださいね」
「あ…ハイ」
有無を言わせない琴南さんに思わずペンを受け取ってしまった。俺にペンを持たせいうだけ言うと今度は社さんにペンと短冊を渡している。
(この子もおせっかい…なんだろうか?)
短冊を渡すのはなにも最上さんじゃないくてもいいはずなのに、俺には最上さんから直接貰えという。
それはそれで最上さんに接触する理由になるので嬉しいのだけれど。
どうにもこの2人には俺の気持ちは駄々漏れらしい。
2階に向かう途中、思わず笑みが漏れる。
なんだかんだ言って『会いたい気持ち』を応援してもらえるのはくすぐったい。
吹き抜けに面する2階廊下で笹の葉にせっせと短冊をつるす織姫の背中を見つけて、会いたい気持ちから抱きしめたい衝動に駆られた。
琴南さんと同じく天女の扮装の彼女に思わず今日になぞらえて『織姫』と読んでみようかと思った矢先、俺に気づかないままの最上さんの独り言が耳に入ってきた。
「もうっ!今日なんて雨が降ってしまえばいいんだわ!」
俺の想像と異なる、そして琴南さんの言うとおりの不満いっぱいの声色。
「大体から言ってこんな願い事なんて、お願いするんじゃなくて自分で努力しなさいよ!」
(ま、正論だけど。どうしてそこまで??)
「そもそも、短冊に書く願い事って豊作とか裁縫の上達とか…そういったもののはずなのにぃ~」
心の声が駄々漏れな最上さんの表情といえば、綺麗な衣装と対照的に苦虫をかみつぶしたような不機嫌いっぱいといったもの。確かに琴南さんが嗜めるのも分かる。
そんな表情すら、可愛いと思う自分は相当参ってるなと思うが、やっぱりどうしてここまで最上さんが不機嫌なのかとても気になった。
「そんなに怖い顔してどうしたの、織姫様?」
「ふえっ!?」
やっぱり全く気付いてなかった最上さんは声をかけると、驚いた表情でこちらを振り返った。
つるそうとしていた短冊がはらりと手から滑り落ち、ひらひらと舞い落ちていった。
「っ・・・つ、敦賀さん…」
「こんばんは。ラブミー部の仕事だってね。お疲れ様」
慌ててこっちに向き直り、綺麗なお辞儀をする最上さんについ、さっきの言葉の真意を聞きたくなった。
「まったく、女の子がそんな怖い顔して…。しかも雨が降ればいいだなんて最上さんらしくないね」
「へ…?雨…?」
「うん、全部声に出てたから」
「………!!!」
「七夕、嫌いなの?」
「いえ…、あの嫌いというか、気が付いてしまったというか…」
ごにょごにょと言い淀む姿に、無理に追及してみてもすんなりとは教えてくれなそうだ。
仕方がないので、当初の目的を口にする。
「最上さんから短冊を受け取ってって琴南さんに言われたんだけど…」
「えっ?あ、…ハイ」
矛先が反れたことにほっとしたのか、でもその表情はすぐにまた固まった。
「…敦賀さんは当然、普通の短冊でいい…ですよね?」
「普通?普通のと普通じゃないのがあるの?」
恐る恐る絞り出された言葉に、疑問符しか出てこない。短冊と行ったら普通に長方形の何の変哲もないもののはず。
最上さんの手の中からつるされるはずの短冊がバラバラとこぼれた。
予想に違わない長方形の短冊の他に、変った形の紙があった。
「これは?」
「…・…」
拾い上げた変わった形のそれは、よく見れば織姫と彦星らしき男女の人型がつながったようなもので
笹に吊り下げ待ちだった短冊には『渡辺君と両想いになれますように!H』とハートが飛んでいる様な可愛らしい文字が躍っている。相合傘よろしく、男女の名前と思わしきイニシャルも織姫、彦星のシルエットの中心にある。
「変った形の短冊?だね」
「っ…!敦賀さん!!いけません!」
恋愛成就の願い事の記されたそれに、なんだか微笑ましくて笑みがこぼれた。なのに急に強張った表情で制止され、はて短冊の願い事を勝手に見たことを怒られたのかと思ったが、そもそも誰の目にも見える笹につるすんだから見られてもいい事しか書かないだろうと最上さんの反応に疑問しかわかない。
「ああ、ラブミー部の君のことだ。短冊に恋愛成就の願いを書くことが間違いだと?」
そういえば俺の愛しの織姫は愛を否定するラブミー部員だった。それを思い出してそう問いかけてみると、最上さんは胸の前で拳を握って力いっぱい『そうです!!』と叫んでいた。
(でもどうして他人の願い事までそこまで全否定なんだ?)
愛を取り戻すためにラブミー部にいる彼女は、最近は自分のことは置いといても他人の恋愛ごとまでひどく否定するのはなりを潜めてきたように思う。しかも、今回の短冊なんてどこのだれが書いたか分からない、彼女と交流が薄い人間のモノのがたくさんのはず。
「しかし、どうしてそこまで…」
「敦賀さんなら分かってくれますよね!?こんな愚かしい二人に他力本願でこんな願い事を書くのが愚かな行為だって!」
なおも畳みかけられたセリフに訳が分からない。願い事を書いて努力をしなければ確かに他力本願だけれども、『愚かしい二人』とは?
「だってそうでしょう?織姫と彦星はあんなに働きものだったのに恋に落ちた途端、お互いしか見えなくて仕事をさぼってばかりだったから、天帝の怒りに触れて離れ離れにされたんですよ?2人が年に1回会えるのだってお情けで許してもらえるだけなんですから!」
力説してくる最上さんに、そうかその二人が隔たっている理由はそういうことかと調べようと思っていた内容をここで理解する。
最上さんからしたら、仕事を放棄して恋愛に夢中になった二人は愚の骨頂といったところか。
「お仕事に厳しい敦賀さんなら分かってくれるはずです!こんな愚かな2人の逢瀬を応援するなんて!あまつさえそんな二人に恋愛成就のお願いごとなんて、自ら馬鹿になりたいと言ってるも同じです!!」
「最上さん、何もそこまで…」
グイグイと力説して迫ってくる天女の扮装の最上さんに嬉しい反面、その勢いに押されて少し引いてしまい勿体無い事をしたな。
一通り主張すると、最上さんははたと我に返ったようでさっきの勢いを引っ込めてしゅんとうなだれてしまった。
「…?どうした?」
「……バカ、ですよね」
ぽつりと呟かれた言葉に、どう返していいものか分からない。
きっと感情のままに突っ走ってみて、一人で振り返って自己完結したのかもしれない。
「七夕…昔はごく自然に、雨が降らずに天の川、渡れればいいのにって思ってたのに」
その言葉に、昼間社さんと想像した通りの最上さんが、過去いたことを確信する。
「この、短冊見たら…なんだかそんなことに気が付いてしまって。昔は素直に楽しめた七夕だって…」
手にした人型の短冊に目を落として、最上さんはぽつりとつぶやいた。
最上さんが言うに、この短冊は好きな人と結ばれるために相手と自分の名を書くモノらしい。好きな人がまだいない人は好みのタイプを書くといいとか…。
(これは社長の用意した物だな…)
「普通の短冊をもらえるかな?」
「え?…あ、はい」
長方形の短冊を受け取って、願い事を一つ。
「何を書いたんですか?」
「最上さんが来年の七夕は楽しめますように」
恋愛に対して、もう少し前向きになれればいいんだけど。
願わくば、目を輝かせて夜空を見上げる君と一緒にいたいと思う。
最上さんは複雑な表情をしたが、最後は擽ったそうに笑ってくれた。
「まだたくさんあるんだろう?手伝うよ」
「え、そんな…」
「俺の身長なら上の方にもバランスよくつるせるだろう?」
笹に飾られるのを待っている短冊の束を最上さんの手から抜き取り、笹に結わえつけていく。
最初は遠慮していた最上さんも、どうたら笹の一角のみに短冊が集中していることを気にしていたらしくおずおずとお願いしますと言ってきた。
(これくらいなら、いいよな?)
手にした短冊の中に、まだ未記入の人型の短冊を見つけて最上さんに見つからない様にこっそりと筆を走らせた。
人型の中にアルファベットを一文字ずつ。
『K・K』
今日の天気は晴れても雨でもどちらでもいい。
願い事は、叶えるための努力がつきものなのだから。
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むあー!!スランプ継続中!
織姫と彦星の逸話から、きっとラブミー部カラー全開のキョコさんなら全否定するだろう!!ってぽっと思った七夕だったのですがどうにもこうにもうまくまとまりませんでした。(←しかも七夕すぎたし!)
最近ダメダメだなぁ・・・