七夕 前編 | 妄想最終処分場

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さわやかな青い香りに気づく。

その香りのもとを目で探せば、風に揺られて笹の葉が揺らめいているのが目に入った。

笹の下には小さなテーブルと短冊が置かれており、セルフサービスで願い事を書いてつるしてくださいと案内が出ていた。


「七夕か~。時季モノだけあって、結構笹が飾られてるんだなー」


俺の視線の先を目で追った社さんが、そう口にした。そういえば7月7日は七夕だったか。


とはいっても、アメリカ育ちの俺は詳細に行事の内容や意味を知っている訳ではなく、ごく一般的に・・・日本に来てから何度か経験した季節行事の一環として知っているのみだった。


笹を飾って、それに飾りやら願い事を書いた短冊をつるす。

七夕は天の川を挟んで離れ離れになっている織姫と彦星が、晴天ならば年に1度会える日のため晴天を願うのが常。

俺の中の七夕の知識といえばこれくらいのもので、そういえばこの行事についてあまりよく知らない。


(時間のある時に、七夕行事について少し調べてみようか・・・)


相変らず日本の文化に関しては穴が大きい。

特にモチーフにされた芝居に当たったこともないし、この程度の知識で仕事で困ることもなかったから時折こんな風に不勉強なところがポロリと出てくる。


そんな事を考えながら、空を見上げれば梅雨時期に入った日本の空は雨こそ降らないものの雲が出ており青空は見えなかった。湿度も高いようで、これはいつ雨が降ってもおかしくないばと思う。


晴天に恵まれれば、織姫と彦星になぞらえてある星と天の川が綺麗に夜空に見えるのだろうけれど・・・。


(そもそもどうして雨だと会えないんだろうか?)


「蓮、願い事でも書いてみるか?」


野外ロケで出番待ち中。

休憩場所に借りた施設の一角にある笹を見て、社さんがそういってにやりと笑った。


「願い事、ですか」

「そうそう!色々あるだろう?いや、色々じゃないか…。仕事は順調だし、順調にいかなくて思わず願い事にしたくなるようなこと」


いつもの俺で遊ぶ気満々の表情で彼が振ってくる話題なんて一つしかない。

もう否定しても躱してみても、決めつけで動かない社さんの相手をする気なんて等に失せているんだ。

そうですねぇなんて生返事をすれば、社さんは俺の答えなんて聞いてはいなくていそいそと用意されていた短冊に書きこみを始めていた。


「この天気じゃ、せっかく七夕なのに夜は晴れないかもなぁ」

「この梅雨時期に晴天って結構厳しくないですか?」

「でもさぁ、雨が降ったら天の川が増水して渡れなくて、二人は会えないんだろう?かわいそうじゃないか」


社さんとの会話の中で、そういうことかとさっきの疑問が解消した。


「そうそう、お前の場合は雨とか関係ないな」

「なんですか?それ」


急に投げかけられた言葉の意図が見えず、思わず聞き返せば相変らずあの笑みを浮かべた社さんに最上さんがらみの事か合点がいく。

それと同時に、雨と会える会えないの話題をしていたのできっと彼のことだろう最上さんに会える接点を先に見出した上でこんな話をしてきているのだ。


俺が喜ぶのを分かっていて、こんな風にからかってくる。

社さんのおもちゃになるつもりもないけれど、こんな彼の様子を見るとどうにも期待して、そして最終的には感謝して、優秀なマネージャーを持った自分を幸せに思ってしまうのだ。


「ほらさ、うちの社長ってイベント好きじゃん?」

「ですね。愛が絡めばなおのこと」

「しっかり絡んでるだろ!離れ離れの恋人の、年に一度の逢瀬のチャンスなわけだし」

「ああ、確かに…」

「ちょっと前に事務所で見たんだけど、エントランスに馬鹿でかい笹が飾ってあったぞ」

「だから、それがどう…」

「こんな風に短冊を書いて飾ったり、時季モノイベントを盛り上げるのって要は雑用…だよな」

「………」

「ラブミー部員、駆り出されてるんだって」

「止めてください。その顔…」


にやぁと笑みを深めた社さん。

マネージャーをしているのが不思議な位、このヒトだって端正な顔立ちをしているのにどうしてこういった表情がとても似合うのだろう?


「今日のロケは夕方には終わり。お前はそれでオフだけど、俺は事務所に用事があるんだ」

「そうですか」

「お前は疲れてるよな?俺はタクシーか電車で戻るから気にしなくてもいいぞ?」


(……俺の車で行くって決まってるくせに)


「事務所までなら帰り道ですし、一緒に行きましょう」

「事務所の中までの間違いじゃないか?」

「……」


もうこのヒトにはかなわないな。


「キョーコちゃん、こういった行事とか好きそうじゃないか?雨降らないか空見上げたり、短冊に願い事をどうぞって、いい笑顔で仕事してそうだよな~」


行事ごとに楽しんで取り組んでいそう最上さんの様子が容易に想像できる。

きっと、彼女は満天の星空を期待して夜空を見上げるんだろう。


「じゃ、俺はこれをつるしてくるから。お前はそろっと出番だから行って来い!」


時計を確認した社さんは俺の眼前に、さっき書いたばかりの短冊をずいっとつきだした。


「雨が降っても降らなくても、願い事は叶えばいいんだけどな~」


俺に反論の隙も与えず、社さんは笹の方に歩きだしていた。

目の前につきだされた短冊。


『大事な弟分の恋が成就しますように』


書かれていた願い事はとてもおせっかいで、温かいものだった。