NGOはやはり現地に入るべきか | NGOのアナログマインド

NGOはやはり現地に入るべきか

神戸の震災があったとき、私はシャプラニール=市民による海外協力の会のスタッフでした。まだ事務局長ではなく、海外プロジェクト担当だったと思います。

地震のことは、バンコクの空港のテレビで知り、唖然としたことを覚えています。帰国すると、日本国内は震災対応で騒然とした状態で、すでに多くのNGOが支援活動のために動き初めていました。

シャプラニールとして、どう判断するか・・・の会議がすぐ数回内部でもたれました。意見は大きく二つに分かれました。
「とにかく現地に行って、何かできることを発信する、やってみる」という意見、もうひとつは
「現地のNPO,ボランティア団体の活動状況を見て、東京にいる組織としてどんな役割が担えるか考える」
といったものでした。

結果は、後者の方が選択され、シャプラニールは関西方面の支援者の安否確認と、寄付の要望があるかの確認を取ると共に、支援活動が一番適切と思われる数団体に寄付を提供することになりました。長期的な開発支援をする団体としては、適切な判断だったのではないかと思いました。しかし、熱心なシャプラニール支援者の中には、「がっかりした」「積極的な活動を期待していたのに」といった声が出て、内部的にはすっきりしない部分を残しました。

関東のNGOの中には、現場に入り、そこで長期的なかかわりを続けた団体も多くありました。現場でしか感じられない一体感、緊張感を感じ、学びます。その後も長く地震、災害支援の活動を重要方針にし、緊急救援ユニットを組織内部につくった団体もありました。。

神戸から15年たった今、あの時のシャプラニールの判断はよかったのか・・・・と時々思い返します。
今思うと、冷静で大人の判断と思う反面、被災者や現地で活動する人々の共感の外にいたため、学びや刺激が少なすぎたのではないか、もっと若者のように夢中で活動してもよかったのではないか。その方が組織として、多くの学びと活動の「種」のようなものがあったのではないか・・・・と思うときがあります。ボランティア文化そのものが未成熟な状態の日本では、もっと動くことで見えてくるものがあったのかもしれません。

結論は今でも出ていませんが。