近頃、「僕は君たちに武器を配りたい」や「自分の頭で考えよう」など、個人の力を伸ばす為に考えるべきことを教示する本が増えた。
これは現在の社会が、ただ言われたことを100%実現できる人ではなく、他の誰でも思いつかない、またはより優れた方法を考えられる人間を求めている傾向があるから、このような本のニーズが高まっていると考えられる。
バブルになるまで、日本は物つくりに懸命に励むことで豊かになっていた。
優れた製品は簡単に売れるため、ただ一生懸命に物を作れば作るほど売れることから、何も考えなくても業績を伸ばすことが出来た。
しかし現代では、中国や韓国など新興国でも日本の品質とさほど変わらない製品が生み出されるようになった。それも日本より安く。
日本でしか出来なかった物が他国の誰でも作れるようになった結果、値段を下げて対抗するしかなくなった。
価格勝負になると、人件費の高い日本は不利であり、実際、テレビではどの日本企業も赤字となっている。
このことから、単に一生懸命わき目もふらず働く人のニーズは減り、むしろ新たなもの、制度、仕組みを考えられる人材が求められている。
ITはインド人、物つくりは中国人に任せたほうが、世界的に労働の配分を見ても適している。それぞれが長所を発揮することで、世界は恩恵を被るだろう(この根拠は勉強不測のため説明できないが、確か比較優位の原則が根拠)
では日本は何に特化すべきか。先進国はどうすべきか。
この答えは今まで考えられなかった、実現されなかった新たなビジネスや仕組みを考え、資源のパイを増やすことに勤めるべきであろう。
ここまではワークスアプリケーション社長の話。
これから先は、個人的推測だが、今後世界では知識階級ができるだろう。
これは、新たな仕組みを考え、資源を増やし、世界中の人々に資源を分配できる人物が世界をリードする。一方、何も考えずただ労働するだけの人物や競争に敗れた人間は、過酷な環境の中で知識層に搾取される世の中が訪れるのはではないかと考える。
知識層は新たな仕組みやビジネスを考えるので、他の人より有利に立ち振る舞えるが、一方、労働側はライバルは多く、替えがきくコモディティの存在なので、反発を起こせばすぐに変えられてします。つまり受身の立場なので不利だ。
これは「愛と幻想のファシズム」でも見えた世界だ。強者だけが生き残れる。弱者には選択権がない。
弱者側を護ると、全国民が飢える。弱者が生きるためにも、知識層が新たなビジネスを考え、職を与えなければならない。
同期を見ていて、世界中の人々がライバルであり、自分が有利に生きるためにも、何も考えずに生きるのではなく、常に「なぜこれが必要か、何が問題でどう解決すべきか」など考えて自分の意見を持つことが大事だ。
何も新たなものを生み出せない人はただのコモディティ製品であり、簡単に価格勝負に巻き込まれる。
生きるためにも強くならなければならない。
強いとは、自分が主体となって新たな仕組み、ビジネスを考え、富と生み出せる人。
そうなるべく、教養をもとに己を磨きたい。