へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -78ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

面白い気付きをいつも与えてくれるブログを紹介。

僕もこの間、読者登録したんだけど。。。こんなにも騙されてるんだって驚いた。


そして、まだまだ騙されている事イッパイなんだな~と思わされる。





不滅のバーガーって知ってる?

http://ameblo.jp/hidy0701/entry-11131805187.html



wake up Japan さんのブログ



是非、観てみてくださいね。

では。。







メディアは先ずは疑いましょう。

こんなサイトも参考になるのかも。。


マスコミを信用している方々へ  

http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/20.html

こんばんわぁ。


あ、ワーシップタイム今年初めてになりますねぇ。

改めて、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いしますね。


またまた性懲りもなく
2012年始めに勝手にワーシップタイムをおおくりしますね。



この日曜日の箇所は最初に相応しく
実は「愛」「愛」「愛」に逢ふれた箇所だったんすよ。


では。
。。。。。。。。。。


1jhn4:7★愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

1jhn4:8 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

1jhn4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

1jhn4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

1jhn4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

1jhn4:12 いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。

1jhn4:13★神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。

1jhn4:14 私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。

1jhn4:15 だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。

1jhn4:16 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。

1jhn4:17 このことによって、愛が私たちにおいても完全なものとなりました。それは私たちが、さばきの日にも大胆さを持つことができるためです。なぜなら、私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。

1jhn4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

1jhn4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。

1jhn4:20 神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。

1jhn4:21 神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。


。。。。。。。。。。


何回「愛」ってありました?

・・・めっちゃ。




では、早速。。


神様との関係が 確立してますか?だって。


なんで?



何故なら、
「愛」自体が、神様の性質そのものであり、最高傑作として創られた僕たちの中に本来はあるものだから。。





じゃ、

愛する事ができない僕は、神様に創られてないんじゃないか?それとも、もう、僕は捨てられた者なのかもしれない。なんて思った人もいるかな?


(因みに、
僕はサタンの子供だと思って過ごしてた時期があった。)



でもねぇ・・それは、
全て騙された答えなのかもよぉ。何故そう言えるんだろう?




まず
この事を理解したら解り易いかも。


①そもそも、僕らは神様に愛され、愛し合う友として創られた存在だと云う事。


②そして、サタンはそんなにも神様が大切にする人という存在を関わりを絶ってサタンと共に地獄に道ずれにしよう としているモノだと云う事。



この2つの考えからすれば
騙そうとするサタンの囁きが僕らの心の中に溢れている事が分かってくる。



・・ね。



だから、
僕らは何をしたらいいのか?


愛そうとする事なのだろうか?
僕らは、愛そうとする時、僕ら自身には愛が無い事に気付く。

んじゃ
どーすんねん?




検討違いのようだけど
愛自体である神様に近づいてみる事。僕らが神様が愛されてる事を確認する事なのかもしれない。



もしかしたら
こんな箇所が役に立つかも。
。。。。。。。。。。


jam4:7 ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

jam4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。・・・

。。。。。。。。。。


善行をしようとすれば、自分ができない事に気付く。

神様に近づけば、神様は近づいてくださる。


神様を心に受け入れ、独り言のようであっても会話をしながら一緒に過ごしていれば、神様は僕らの心の中に住まれ、いつの間にか愛の性質は僕らの内にある。って事。



僕らには完全な愛はない。


でも、神様は愛そのものだから神様を心に迎え入れる事で、いつでも僕らの内から完全な愛が湧き出でる。



恐れがあるのは
もしかしたら、愛である神様を受け入れてないからなのかも。だって、「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。」って書いてある。本当の愛を体感した事のある人はこの真実にも気付いているかもしれない。



今、体験できているかどうか?そんな事はなんの問題にもならない。

僕らは今なにをするのか?それが問題に違いない。




もしかしたら、

愛する事になんの疑いも感じた事のない人は

愛することが出来ていない事にも気付いていないかもしれない。



今、愛する事ができないと思っている人。

自分自身をも愛することが出来ないと嘆いているなら、神様に本当に近づく機会を得ているようにも思える。




どうだろう。

こんな言葉を信じてみるのも悪くないかも知れない。

『 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。 』


神様は僕らが近づこうとする前に、既に近づきたい心でイッパイに違いない。

大好きな大好きな僕らをハグして、愛を体感して欲しいようにも思える。



そんな気がしませんか?




今年一番最初の勝手にワーシップタイムですが、

大変な中に居る一人一人が、神様の御手に委ね愛を体感しながら過ごせますようにって祈ってます。


では。

勝手にワーシップタイム

サボってる。。



ごめんなさい。




大切に考えていない訳じゃないんだけど・・

言い訳もこのへんで

今日中には必ず。。。



では。

おはようございます。

今日はお仕事。3日休んでしまうと身体が動かない・・不安。

休日にやろうとした課題もあったけど、出来なかったな~。


踏ん張ってやっていこうっと。


では、ソロモンさんの箴言ももう10章ですね。

。。。。。。。。。。

 

prv10:1  ソロモンの箴言  知恵のある子は父を喜ばせ、愚かな子は母の悲しみである。

prv10:2  上義によって得た財宝は役に立たない。しかし正義は人を死から救い出す。

prv10:3  主は正しい者を飢えさせない。しかし悪者の願いを突き放す。

prv10:4  無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者 の手は人を富ます。

prv10:5  夏のうちに集める者は思慮深い子であり、刈り入れ時に眠る者は恥知らずの子 である。

prv10:6  正しい者の頭には祝福があり、悪者の口は暴虐を隠す

prv10:7  正しい者の呼び名はほめたたえられ、悪者の名は朽ち果てる。

prv10:8  心に知恵のある者は命令を受け入れる。むだ口をたたく愚か者は踏みつけられる。

prv10:9  まっすぐに歩む者の歩みは安全である。しかし自分の道を曲げる者は思い知らされる。

prv10:10  目くばせする者は人を痛め、むだ口をたたく愚か者は踏みつけられる。

prv10:11  正しい者の口はいのちの泉。悪者の口は暴虐 を隠す。

prv10:12  憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう。

prv10:13  悟りのある者のくちびるには知恵があり、思慮に欠けた者の背には杖がある。

prv10:14  知恵のある者は知識をたくわえ、愚か者の口は滅びに近い。

prv10:15  富む者の財産はその堅固な城 。貧民の滅びは彼らの貧困。

prv10:16  正しい者の報酬はいのち。悪者の収穫は罪。

prv10:17  訓戒を大事にする者はいのちへの道にあり、叱責を捨てる者は迷い出る。

prv10:18  憎しみを隠す者 は偽りのくちびるを持ち、そしりを口に出す者は愚かな者である。

prv10:19 ことば数が多いところには、そむきの罪がつきもの。自分のくちびるを制する者は思慮がある。

prv10:10  正しい者の舌はえり抜きの銀。悪者の心は価値がない。

prv10:21  正しい者のくちびるは多くの人を養い、愚か者は思慮がないために死ぬ。

prv10:22  主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。

prv10:23  愚かな者には悪事が楽しみ。英知のある者には知恵が楽しみ。

prv10:24  悪者の恐れていることはその身にふりかかり、正しい者の望みはかなえられる。

prv10:25  つむじ風が過ぎ去るとき、悪者はいなくなるが、正しい者は永遠の礎である。

prv10:26  使いにやる者にとって、なまけ者は、歯に酢、目に煙のようなものだ。

prv10:27  主を恐れることは日をふやし、悪者の年は縮められる。

prv10:28  正しい者の望みは喜びであり、悪者の期待は消えうせる。

prv10:29  主の道は、潔白な人にはとりでであり、上法を行なう者には滅びである。

prv10:30  正しい者はいつまでも動かされない。しかし悪者はこの地に住みつくことができない。

prv10:31  正しい者の口は知恵 を実らせる。しかしねじれた舌は抜かれる。

prv10:32  正しい者のくちびるは好意を、悪者の口はねじれごとを知っている。

。。。。。。。。。。


今日はシンプルにこんな言葉が心にとどまった。

prv10:4  無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者 の手は人を富ます。

prv10:5  夏のうちに集める者は思慮深い子であり、刈り入れ時に眠る者は恥知らずの子 である。


アカン・・・。今の僕のことや~。

そんな感じ。


その後のこんな言葉。

prv10:19 ことば数が多いところには、そむきの罪がつきもの。自分のくちびるを制する者は思慮がある。


僕の休み中に出来なかった理由は少なからずある。

でも、そんな言葉も思慮のないものだと悟らされる。


き・気をつけないと。



今年はやるべきことが山積み・・・

なんとか言い訳の理由も考えることなく、なすべきことを忠実にやね。


その為には、小さな小さな成すべき事をしっかり認めて

時間がかかっても、寒くても、その小さな事を大切に思う事から。



その小さな積み重ねは、必ず自分を守ってくれる。

明日の自分を助けるのは

小さな小さな作業を、どれだけ大切に考えることが出来るか?かもしれない。




年の初め

なんとか・・頑張りましょうね。


言い訳しないでいいように。。

今日も小さな素敵な出来事を捜しつつ

大切な大切な一歩・一歩をふみしめてまいりませう。



では、

今日も行ってまいりましょう~。


おはようございます。

昨日は諸事情により我が家に帰れず、友人宅で就寝。。



なんとも不思議な感じ。

ま~そういう事もある。

って事で、今日は9日。ソロモンさんの箴言9章を。

。。。。。。。。。。

 

prv9:1  知恵は自分の家を建て、七つの柱を据え、

prv9:2  いけにえをほふり、ぶどう酒に混ぜ物 をし、その食卓も整え、

prv9:3  小娘にことづけて、町の高い所で告げさせた。

prv9:4  「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい。」と。また、思慮に欠けた者に言う。

prv9:5  「わたしの食事を食べに来なさい。わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、

prv9:6  わきまえのないことを捨てて、生きなさい。悟りのある道を、まっすぐ歩みなさい。」と。

prv9:7  あざける者 を戒める者は、自分が恥を受け、悪者を責める者は、自分が傷を受ける。

prv9:8  あざける者 を責めるな。おそらく、彼はあなたを憎むだろう。知恵のある者を責めよ。そうすれば、彼はあなたを愛するだろう。

prv9:9  知恵のある者に与えよ。彼はますます知恵を得よう。正しい者を教えよ。彼は理解を深め よう。

prv9:10  主を恐れることは知恵 の初め、聖なる方を知ることは悟りである。

prv9:11  わたしによって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すからだ。

prv9:12  もし、あなたが知恵を得れば、その知恵はあなたのものだ。もし、あなたがこれをあざけるなら、あなただけが、その責任を負うことになる。

prv9:13  愚かな女は、騒がしく、わきまえがなく、何も知らない。

prv9:14  彼女は自分の家の戸口にすわり、町の高い所にある座にすわり、

prv9:15  まっすぐに歩いて行く往来の人を招いて言う。

prv9:16  「わきまえのない者はだれでもここに来なさい。」と。また思慮に欠けた者に向かって、彼女は言う。

prv9:17  「盗んだ水は甘く、こっそり食べる食べ物はうまい。」と。

prv9:18  しかしその人は、そこに死者の霊がいることを、彼女の客がよみの深みにいることを、知らない。

。。。。。。。。。。


世の中は正しいことが、正しいと評価されて欲しい・・・

それは

願望に終わることもある。



で、ここにあるあざける者が、台頭してくる。

そんな奴はどこにでも居るでしょ・・・。


僕の近くでも居てるよ・・本当にこういう人困るんだよね。

正しくないことが正当化され、悔しい思いをした事があるし

そんな状況はどこにでも見かける。


そ~いう人には戒めようとしてたら、傷を受けることになる。だって。

そんな事をしても憎まれるだけだって。

じゃ・・・どうすれば?



僕はこう思わされた。

それは、

知恵のある人・正しい者を責めることで知恵を深めるから・・。

そうする事で、

あざける者の主張がどれ程陳腐なものかを悟ることになるだろうから。



ど~だろう?




この理解もしょうもないかもしれない。

でも、バイブルにはこんな箇所もある。

・・・・・・・・・・


もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。

そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

・・・・・・・・・・


くそ・・・こんな解らず屋には、炭火の罰を食らわしてやる!!

実は、こんな意味と僕も思ってたけど

僕の印象と結構違う意味もあった。



それは、炭火は

彼に、言い訳できない罪の宣告を言い渡すことと解釈され、神のさばきの火が頭上に積み上げられている、と解説されると共に、炭火がつぼの中の金属を溶かすように、愛の行為が彼のこころを溶かし、悔い改めに導く、という解釈だって。エジプトでは、悔い改めの印に頭に炭火を載せる儀式もあるみたい。

http://www.hi-ho.ne.jp/luke852/tearoom/sumibi.html


あざける者に必要なものは、許しと愛であるということかな・・・。

知恵のある者は、責めても理解できるけど

あざける者はその前の段階。

あざける者を馬鹿にしているのではなく、真実に目を開かれるよう愛する事から始まるんだってこと。


そのように感じました。




イライラするようなあざける方に対して

僕らは今日どんな態度を示しますか??



それと同時に

僕ら自身はあざける者にならないよう、いつも謙遜になって色んな物事を見ていきたいですね。




今日も備えられている素敵な出来事を捜してみましょうね。

では、

行ってまいりましょう~ね~!