神は、岩を水のある沢に変えられた。堅い石を水の出る泉に。 | へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

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僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

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【詩篇114篇】o19

psm114:1  イスラエルがエジプトから、ヤコブの家が異なることばの民のうちから、出て来たとき、

psm114:2  ユダは神の聖所となり、イスラエルはその領地となった。

psm114:3  海は見て逃げ去り、ヨルダン川はさかさに流れた。

psm114:4  山々は雄羊のように、丘は子羊のように、はねた。

psm114:5  海よ。なぜ、おまえは逃げ去るのか。ヨルダン川よ。なぜ、さかさに流れるのか。

psm114:6  山々よ。おまえはなぜ雄羊のようにはねるのか。丘よ。なぜ子羊のようにはねるのか。

psm114:7  地よ。主の御前におののけ。ヤコブの神の御前に。

psm114:8  神は、岩を水のある沢に変えられた。堅い石を水の出る泉に。


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おはようございます。

さてさて、ナンダか仕事が忙しくなってきています。

問題も多くなってきています。負荷が多くなってきています。

・・・愚痴が多くなってきています。・・・気をつけよう。

本当はあり難いことなのに、他人と比較したら・・・。

弱いね~相変わらず・・・僕は。



でも、今日も新しい素敵な一日ですもんね。

では早速詩篇を。今日僕の心に留まった言葉はコレ。

psm114:8  神は、岩を水のある沢に変えられた。堅い石を水の出る泉に。




神様は変えられる神様。

病をいやし、問題を変えられる神様。



もし、神様が動くと事は成る。だって、神様なんだもん。

光よあれ・・・って命じて光を創られた神様は全てを創り、全てを治められる。



この神様が完全な 『 愛 』 の神様であって良かった。

神様が僕らのようだったら、僕なんかひとたまりも無い。即消滅だろうね。


でも、神様は『愛』そのもので、僕らを包んでくださる。

1cor13:4 愛は寛容 であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず 、高慢になりません。

1cor13:5 礼儀 に反することをせず、自分の利益 を求めず、怒らず、人のした悪を思わず

1cor13:6 上正を喜ばず に真理を喜びます。

1cor13:7  すべてをがまんし、すべてを信じ 、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

1cor13:8 愛は決して絶えること がありません。



『愛』 に 『神』 を入れて読んでみて・・・。



納得・・・。でしょ。



だから、僕らは滅ぼされず今生かされて、

問題がありながらも今神様の言葉であるバイブルの言葉の前に居る。




マザーテレサさんは

『 愛の反対は無関心 』 だといわれた。

愛そのものである神様は僕らの髪の毛の数さえも関心を持って僕らを今日も見つめてくださる。


その神様は

変えられる神様。


問題に関心を持ち、僕らの問題を変えようとしてくださってる神様にお祈りしてみませんか?

祈りってのは、神様に対して発する言葉。


形にこだわる事無い。

バイブルには神様を信じたら「アバ 父よ」って言うようになるって記されている。

「アバ」っていうのは、お父さんっていう意味。

それも小さな子供が言う言葉っていうから 「 おとうちゃん 」が正しいかもね。



僕らは神様の子供として創られた。

だから、今 そのまま 言葉をかけてみましょう。何も考えずに。

大人の気遣いを頭から完全に取り除いて・・・ね。



では、今日も素敵な一日。

問題にも関心のある神様に言葉を掛けながら

神様が備えられた素敵を捜しに今日も一緒にでかけましょう。



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http://meigata-bokushinoshosai.info/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs114

8節「神は、岩を水のある沢に変えられた。堅い石を水の出る泉に。」 (新改訳)
8節「神は岩を流れに、石を泉に変えられた。」(典礼訳)

Keyword;「変える、変えられる」 turn~into~, 30:11/41:3/66:6/105:25/29/

  • 「変えられた」と訳されたハーファクהָפַך(haphakh)は、すでに詩篇41篇の恩寵用語として取り上げましたが、そこでは病の状態から健康にするという意味で、「完全にいやされる」とありました。しかし、詩114篇では「岩を水のある沢に」、「堅い石を泉」に変えられるという、普通ではあり得ない神の恩寵のわざとして用いられています。これはイスラエルの40年の荒野の旅路において経験したメリバでの神の恩寵が背景にあることは明白です。
  • 新約時代においては、イエス・キリストの十字架の死と復活によって与えられる祝福として、私たちの堅い心の岩を打ち砕いて、泉となし、渇くことのない永遠のいのちへの水がわき出ることを、サマリヤの女に語りました(ヨハネ4:14)。この永遠のいのちへの泉とは、キリストを信じる者に与えられる聖霊のことです。
  • ハーファクהָפַך(haphakh)は、「ひっくり返す」、「ひるがえす」、「くつがえす」と訳されているように、不意打ちするかのようにある状況を一変させるという意味です。旧約では94回、詩篇では10回使われています。「暗黒を朝に変え、昼を夜にし」(アモス5:8)とあるように、祝福にも呪いにも使われます。呪いの用法としては、詩78篇44節に「神がそこの川を血に変えられたので、飲むことができなかった。」とあるとおりです。その呪いは完全なさばき(破壊)をもたらします。
  • 祝福の意味で使われているいつくかの箇所を上げてみると・・・
    ①「・・主は、あたなたのために、のろいを祝福に変えられた。」(申命記23章5節)
    ②「あなたは私のために、嘆きを踊りに変えてくださいました。」(詩30篇11節)
    ③「神は海を変えて、かわいた地をとされた。」(詩66篇6節)
    ④「『わたしは彼らの悲しみを喜びに変え、彼らの憂いを慰め、楽しませる。・・わたしの民は、わたしの恵みに満ち足りる』」(エレミヤ31章13~14節)
    ⑤「悲しみが喜びに、喪の日が祝日に変わった月として、祝宴と喜びの日に互いにごちそうを贈り、貧しい者に贈りものをする日と定める」(エステル9:22)―これは現在もプリムの祭りとして祝われています。ハマンによるユダヤ民族絶滅の陰謀から救われたからです。
  • 状況の変化だけでなく、人の心を変えることにも使われています。「民が逃げたことがエジプトの王に告げられると、パロとその家臣たちは民についての考え方を変えて言った。『われわれは何ということをしたのだ』・・・」(出エジプト14章5節)。「主は人々の心を変えて、御民を憎ませ・・た。」(詩105篇25節)。

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