昨日の雨はビックリ!車の窓を閉め忘れて今朝シートがビッショリにまたまたビックリ!
情けないっすね。
なんかしでかしてしまいますわぁ。。
では、早速今日も勝手にワーシップタイムをおおくりしますね。
なんと今日は
「鎖と祈り」なんて表題で、不思議な話が繰り広げられている。それは、ジーザスの弟子が殺されたところから話は始まり、もう一人の弟子をも殺そうと絶体絶命になった時の成すべき事はなんだ?という事の中で天使が登場するお話。
凄いエキサイティングな話やよね。
そんな話の前に
この箇所を知る事はとても役立つ。
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eps6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
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僕らの戦いは目に見えるモノだけでは無く、むしろ本当の戦いは見えない霊の戦いなんだと云う事。
この事を頭に入れて是非この箇所を読んで見て下さい。。
では。ここから。
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act12:1 そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、
act12:2 ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。
act12:3 それがユダヤ人の気に入ったのを見て、次にはペテロをも捕えにかかった。それは、種なしパンの祝いの時期であった。
act12:4 ヘロデはペテロを捕えて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。それは、過越の祭りの後に、民の前に引き出す考えであったからである。
act12:5 こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。
act12:6 ところでヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれてふたりの兵士の間で寝ており、戸口には番兵たちが牢を監視していた。
act12:7 すると突然、主の御使いが現われ、光が牢を照らした。御使いはペテロのわき腹をたたいて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい。《と言った。すると、鎖が彼の手から落ちた。
act12:8 そして御使いが、「帯を締めて、くつをはきなさい。」と言うので、彼はそのとおりにした。すると、「上着を着て、私について来なさい。」と言った。
act12:9 そこで、外に出て、御使いについて行った。彼には御使いのしている事が現実の事だとはわからず、幻を見ているのだと思われた。
act12:10 彼らが、第一、第二の衛所を通り、町に通じる鉄の門まで来ると、門がひとりでに開いた。そこで、彼らは外に出て、ある通りを進んで行くと、御使いは、たちまち彼を離れた。
act12:11 そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」
act12:12 こうとわかったので、ペテロは、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家へ行った。そこには大ぜいの人が集まって、祈っていた。
act12:13 彼が入口の戸をたたくと、ロダという女中が応対に出て来た。
act12:14 ところが、ペテロの声だとわかると、喜びのあまり門をあけもしないで、奥へ駆け込み、ペテロが門の外に立っていることをみなに知らせた。
act12:15 彼らは、「あなたは気が狂っているのだ。」と言ったが、彼女はほんとうだと言い張った。そこで彼らは、「それは彼の御使いだ。」と言っていた。
act12:16 しかし、ペテロはたたき続けていた。彼らが門をあけると、そこにペテロがいたので、非常に驚いた。
act12:17 しかし彼は、手ぶりで彼らを静かにさせ、主がどのようにして牢から救い出してくださったかを、彼らに話して聞かせた。それから、「このことをヤコブと兄弟たちに知らせてください。」と言って、ほかの所へ出て行った。
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ここでひとつ
ジーザスを信じている仲間は何をしていたのか?
「祈り」なんすよね。
具体的にヤらにゃアカン事あるんちゃうのん?
でもね。
「祈り」なんすよね。
それはこんな箇所にも
ハッキリ記されている。。
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eps6:18★すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
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でも
祈りってなんやろぉ。
牧師先生の聞いた話なんだけど。。
・・・・・
ある干ばつの続いた国の教会の話。
ある家族もこりゃあ大変だと思い、奥さんは教会での祈りの集まりに参加する事にした。子供達に「私は教会へ行って祈るけど、あんた等雨がふるように家でお祈りしておいてね。」って家を出ようとするとき、子供達が「母さん、傘持っていかないと。。」
「あんた等バカ言いなさんな!今は干ばつで雨なんか降るわけないじゃないの~!!」
母親はお祈りの集いをしてる教会で雨の音を聞いた時、子供達の素直な信仰に大・大・大反省をしたってお話し。
・・・・・
祈りは神様とのお話し。
聴かれるのは僕らの神様。
いつ叶えられるのか?
それは神様がベストだというタイミング。そのタイミングは、僕ら今という時しか生きられない僕らには解らない。神様はどんな事にも囚われない。勿論、 時間にも。
神様は必ず祈りを聞いておられ、僕らに必要な祈りはその叶えられるタイミングを外さない。
僕らは何を祈る?
当然僕ら自身の必要も祈る事は必要だよね。それと・・・。
「わたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのだ」・・バイブル・・
だよね。
僕らの周りにも多くの必要がある。
祈りを今日知った僕たちは
何をする事ができるんだろうか??
目が見えて多くの情報の中に過ごしてる僕らは、あの干ばつの続いたお母さんのような心になりやすい。
見えるモノではなり得ない事を神様は用意しておられる。
僕らは何をみますか?
体が不自由であろうと
心が不自由であろうと
僕らは心を縛られる必要はない。
目に見えるモノに囚われないで
全てに囚われないで必要を与えてくれる神様に祈って行きましょうね~。
では。
今週も素敵な選択をしていけますように。祈ってます。
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