おはようございます。
今日は週の始めの日曜日、例の如くワーシップタイムでございま~す。
辛いニュースは報道され続けますが、神の言葉であるバイブルは単なる人の励ましの言葉では無い真実の約束の言葉です。
少し時間があれば、耳を傾けてみませんか?
今日はね。
バイブルでも有名なお話。
ダビデ像で有名なあのダビデが登場する場面。
昔の闘いは代表選手をたてて一騎討ちをさせて勝負することもあったようだ。
ここで、ダビデが勝負したのは、
三メートルを超える戦士、巨漢ゴリアテだった。
実はゴリアテと闘うのは、代表選手である為、当時羊飼いであったダビデは選ばれるはずもなかった。
では、何故か?
この当時の王様サウルは人の顔を恐れる臆病な王様で、また神様の約束よりも今見えるモノを頼る人だった。
神の預言者として立てられていたサムエルは、神から次の王を探さなければならないと声を聴き神の用意した次に立てられる王様を探していた。
サムエルは、エッサイといわれるダビデの父親のトコロに尋ねてきたが、長男から背の高い屈強な体つきもよい順に見定めていた。
しかし、神はNO!であった。
他に兄弟はいないのか?と問われた時、闘いにも出ていない羊飼いの当番をさせられているダビデがいると答えることになる。。
ゴリアテは、イスラエルを『弱虫め!一騎討ちをしろ!』と40日間も罵り続けていた闘いの場に、ダビデはいく事になる。
それは、兄貴たちの弁当を届けに。。
そんなダビデの言葉。
。。バイブル 。。
ダビデはサウルに言った。「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、
私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。
このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。
ついで、ダビデは言った。「獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。
。。。。。
日頃与えられている仕事を通して体験した神様の助けは、どんなに非常時だと思える時でも同じ事じゃないかー!って事を言ったんです。
それは、
どういう意味か?
自分の力では、ダビデは誰が見ても倒されるに違いないようなモノだった。
にも関わらず結構怖いよね~!
恐ろしいほどの自信過剰。
兄達もアホかお前は、お前が戦える訳がないやろが、羊の番をちゃんとしとけボケ!ってな言葉を浴びせるのは当然の反応だったとも思える。
。。バイブル 。。
ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。
きょう、主はおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って、おまえの頭を胴体から離し、きょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、空の鳥、地の獣に与える。すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう。
。。。。。
ダビデは
自分の力を過信したのでは無かった。
神の力を
ただ信じただけだった。
神の正義を
ただ信じただけだった。
自分の容姿や能力、力に頼らず
ただ信じただけだった。
サウルは
イスラエルの民は
目に見えるものを 『事実』と信じて
自分の能力で分析し失望していた。
ダビデは
目には見えないけれども、日頃から共に居られる神様が『事実』を用意されると信じ、『神様が居られるんだから、・・・・なるに違いない!』と一歩踏み出した。
ダビデは勝利した。
勝利したというより、信じた事を神様から受け取ったという方が正しいよね。(自分の力とは関係ないからね)
僕らも同じ。
普通、僕らはサウルやイスラエルのような視点しかもって無いのかもしれない。
でもね。
僕らはダビデと同じような視点を持つ事は出来るから。
ただ信じればイイ。
ホントに
それだけでイイ。。
震災や様々な問題の中、
どうしても目に映るものを『事実』として信じてしまう。
僕も何も出来ないけど、
一緒に目線を上に向けて見ませんか?
『事実』は、僕らが選択出来るのかもしれない。神様が共に居られる僕らには、目に映るものに捉えられる必要はない。
何も出来なくとも、
祈る事が出来なくとも、
信じる事が出来なくとも、
僕らには、神様が居られる。
大丈夫。
踏み出せる時
その一歩を踏み出せたらイイ。
それで、大丈夫。
祈れる僕らがまず祈ってるから。
出来る一歩を楽しみにして待ちましょうね。
今週も素敵な一週間が待っています。
神様と『事実』を受取っていきましょうね。
では。
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