早速だけど、
今日はこんな言葉と出会った。
eigomeigen
人々に物事のやり方を教えるな。何をすべきかを教えろ。そうすれば貴方は彼らの才能に驚嘆することになるだろう。
ジョージ・パットン #meigen http://eigomeigen.com/s/083
なんか、ゾクゾクする様な言葉。
。。。彼らの才能に驚嘆する 。。。
ヤリ方をしらないのは、ヤってないからやもんね。ヤリ方を教えれば、教えてくれる人の手前までは成長するかもしれない。よくても、その人と同じ位までにしかならない。
でも、
何をすべきかを知ることになれば、今ヤっている事を理解しつつ、そのひとの経験を反映させながら、制限されない創造性も加わる事になる。
僕が人に関わる時、育てる時にどんな心積もりをしてるか問われている様にも感じた。
コレをしとけばよろし!とか、まだしてへんのか!とかいう言葉をよく使うもんね。それって、自分の頭で制限された事の押し付けになってるみたいやもんね。
息子よ、娘よ、ゴメンなさいね。
バイブルにもこんな言葉がある。
。。バイブル 。。
弟子は師以上になれない。
。。。
関わる人を見下げる事を選択しないなら、その人の師にはならないでおくのが良いのかもしれない。指導の立場に立つのなら、何をすべきかという事にだけに視点が向くようにサポートしていければいいんかなぁーと思った。
子供を始め、関わる事のできる方々を見下げる事なく大切に思い、師だけを見上げれる様にサポートさせていただく事。今、出来る最高の事を日々積み重ねていきたいモンだ。そして自分という存在にも制限をつけないで『師』につながり、自分の今は見えない素晴らしさに感嘆させられたいなぁーと思わされた。
(僕にとって『師』とは、僕を高価で尊く創られた神様。僕はまだ、自分の高価さや尊さなんて未だ知る事が出来ていないもんやから、感嘆させられたいなぁー!なんて凄く思ってる。)
さぁ。今日は夕方から雨らしいけど、今はこんなにいい天気!
では。
お昼からも全快で!!
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