今日の箇所って僕にとってすごく助かった言葉なんだ~。
って事で。今日もユテコ解釈ですがどうぞ。。。
14:1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。
14:2 何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。
14:3 食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。
14:4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。
14:5 ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。
14:6 日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。
フランクリングラハム大会の話から。
救われる そんな事は、宗教や善行では得られない。と語られてましたね。罪の罰を受けなければならないから、そんな行為は罰を受ける行為とはならないから、愛してその罰を受けたジーザスを信じると救われるという神の約束を信じる必要がある。
そして信じた人は平安の中神の国籍を持つ者となる。
さて、信じてクリスチャンとなった人はどうやって生活をして行くのだろう?
真面目に生きないと絶対あかん~なんて思ったり、真面目でない人を アイツ あんな事してアカンやつやな!なんて裁いたりする事。
そんな事したらアカンのやで~という箇所なんだ。
僕は苦労したよ~。
裁かれ続けたからね。なんせ
ズレた生活が長かったから、立派そうな教会に集う方々に注意されると も~アカン。おれはも~アカン。そう思い続け疲れ果ててた。
でも、こんな言葉に出会って、解放されたかな。
こんなバイブルの言葉。
キリストは自由を得させるために、わたしたちを解放してくださいました。
あなた方は、自由を与えられるために召されたのです。(あなたを選ばれた)
バイブルにこんな言葉があるように、信じた人はどんな事にも囚われなくなるって事を言われている。
だから、
ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。
って事。
そして、こんな言葉がつづいて書かれている。
もし食物のゆえに兄弟を苦しめるなら、あなたは、もはや愛によって歩いているのではない。あなたの食物によって、兄弟を滅ぼしてはならない。キリストは彼のためにも、死なれたのである。
信じているのなら愛し合う存在としているのに。どーーーしても何故か?僕らは裁き合う。
何ーー故ーーか?
真理の御霊によって知ろうとせず、良いとされている事を学んで 真剣に頑張ってやろうとするココロをサタンが悪用してるからなんですよね~~。
サタンは神様が愛する全ての人を。信じた人をも。容易にズラす事が出来る。アイツはズル賢い。
創られた人の性質の全てを知り尽くしているサタンは、ジーサスをもずらそうとしよったもんね。サタンはホンマに酷い奴だ。
ほんなら
どうすればエエんや~!
ね。
どうする?それをしっかり考えて求めていかなければならないですよね。
知らんまにサタンにそそのかされて裁いてまうのはゴメンですもんね。
それは、助け手に助けてもらいながら、従って歩む事が1番いいんだろうと思う。
そしたら、助け手とは誰なのか?不完全な人を信頼するしかないのか?
それは、私達の内に住まわれる主。内住のジーサスに頼るしかないよね。
最後にこんな言葉。
万物の終りが近づいている。だから、心を確かにし、身を慎んで、努めて祈りなさい。
何よりもまず、互の愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである。不平を言わずに、互にもてなし合いなさい。
愛し合う事。
大切ですね。
好きだから。それも凄く大切。
でも、
好きでなくなったら。。。
感情で嫌いと思っていても、僕らは愛する事は出来る。愛は自分の選択による決心によってなされるもんね。
愛する事で、神様からくる平安で傷んだ心も癒されていくから。
互いに愛していこう。
今、愛せなくても ね。
出来ない自分を裁かず、出来るように助けてくださる神様を感謝できたらいいね。心を期待でいっぱいにして。
では。
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