この間お話した方との会話で、少し気づかされた事を。。
その方が何故、教会にというか宗教というものに興味がでたのか?そんな事を聞いてみた。
そしたら、こんな返答をしてくださった。
今まで問題なく幸せで、全てにおいてそんなに不足を感じた事がなく過ごしてきた。でも、この不況で先が不安になり自分に不足している何かがあると感じた。
今まではその不足を他の何かで補おうとしたけど、今回はそれが出来なかった。それは、何かわからないけど、宗教では?などと感じ色んな宗教に行ってみたいと思い自転車で廻ってる。
なんて話だった。
その人は、研究員として働いており、ほんとに見かけから幸せそうやった。
そこで、
そこでこんな会話になった。
言葉に気をつけながら、、貧しさ、弱さがなければ、何か求める事はない。貧しさ、弱さが素直に足りないモノを見つめる事につながる。と言っていた。そして、僕は、ある程度以上のモノはあったから少しくらいの不足は、代用品で事足りた。。なんて。
どう感じますか?
僕はウンウンとうなずけた。
貧乏学生の時代、誰にたよる事も出来ない中で神様に祈った事を思い出した。
。。。与えられるという経験をしたんです。。。
貧しさ、弱さがなければ
欲しいと思ったモノ以上の素敵な出会いはなかった。心のそこに隠し持っていた生きる意味とは?なんて真剣に求める事なんてしなかったはずだし、 絶対神なんて求める事はなかった。。
ほんとに不思議。
貧しさ、弱さは 変な言い方に聞こえるかもしれないが、ぼくにとっては、人生を百八十度変えるとても大切な機会となった。
今でもその弱さ、貧さとともに生かされている。なんと感謝なことか。
あなたの弱さ、貧さはどう解決されますか?代用品ですませますか?それとも、本物を探し求めますか?
バイブルにはこんな言葉がある。
『こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。』
心にある隙間を代用品ですませず、人生において辛い場所を通っている弱さや貧さと向かい合い神に求める事ができる人は幸いだ。。なんて聞こえてくる。
弱さは僕の大切なもの。
僕自身の虚しさ情けなさを感じる時も大切な時。
不思議。
貧しくっても、弱くっても全然大丈夫。
僕らの傍にはいつもジーザス。
感謝!
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