いつもお越しくださりありがとうございます。
今日は(^O^)日曜日。
ということで、礼拝メッセージをユテコ解釈で。
今日は僕の大好きなBibleの箇所のひとつ。
ヨハネ 1 1 3
初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
ヨハネ20 30 31
このBibleが書かれた目的が記されている。
Bibleが書かれた目的は
・信じて救われるため。
・信じた者がいのちを得るため
しかし
この方って、誰の事なんやろ~(*_*)?
これは、ジーザスの事。
この方とは、神であり、役割として『ことば』として発せられ、愛を現わすため僕らの傍に来て下さった『ジーザス』。
次の箇所には解りやすくこう記されている。
コロサイ 1 15 17
御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。
なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。
御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。
『御子』とは神の御子である『ジーザス』のこと。
ここで少し言葉の説明。
ここで語られてる『初め』とは、創世記で記されている『初めに、神が天と地を創造した。』といわれる『初め』とは違う。
日本語訳では同じ言葉だが、原語だと天と地を創造した『初め』は時が始まった後であり、今回の『初め』は、その時が始まる前の初めになっている。
(>_<)んじゃ~?
・・凄く解りづらいけど、
神は時に制限されている存在ではないっすよね。時をもつくりそして万物を創造したから、
その 時 を造る前の元祖 初め か、時の初めの 初め かの違いって事。
この世は
サタンが支配してる。それが故、歪んでしまって空しさ、憤りを感じたりする事多い。
将来に不安を抱き、心も砕かれ何を信じてよいか解らない時もよくあるしね。
ジーザスもこの世に僕らが生活する事は、オオカミの中に羊を放つようなものと言っている。
そんな世を去る最後の別れの時に、ジーザスは悲しむ弟子に、こんな言葉を語られた。
マタイ28 18 20
イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。『わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行ってあらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべての事を守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。』
サタンの支配下でも、何が起ころうとも、まず神がおられること。そして、僕らが神に愛されるために存在し、将来と希望が与えられるモノだからサタンの惑わしの中に沈まないよう皆に伝えて行こうね!というメッセージ。
僕らは 『その方』 ジーザスの事を 友 と呼べる存在。
ジーザス って、そんなにも w(゚o゚)w 凄っげ~方であり、素敵な友なのである!!
そんなジーザスが、いつでも誰よりも傍にいてるって僕らは凄い間柄やね~。
どんな状況にいても
大丈夫。 僕らの傍にはいつもジーザス。
(^0_0^)感謝。