昔妻から四葉のクローバーをもらう。

 

永いこと大事にしまっておいた。

 

ない!

 

不幸になってしまうと探した。

 

幸福のお守りだった。

 

 

なんでもらえたか忘れたが、私がつらいときであったのだけは覚えている。

 

昼顔も薄紫だが、四葉の方が好きだ、

 

私は雑草がそれで抜けない。

 

雑草という草はないという天皇のお言葉に感銘している。

 

 

あまり園芸は得意ではないが、家内は連休は姉と教室のベランダの植木の植え替えをしてくれた。

 

 

それで私が連休中は姉の命令で、しっかり見てやりすぎないように水を上げている。

 

この頃の暑さには、夏を感じる。

 

ああ、疲れたと口癖になる。

 

また生徒さんに怒られてしまう。

 

 

毘沙門の前の花屋は昔は金魚掬いだった。

 

毎日にのように友達と通った。

 

友達の家には大きな水槽も池もあり、いくらでももらえた。

 

30センチの金の鯉もいた。

 

 

坂上でやったプリントアウトの店を見つけた。

 

自分でも理由は分からないが一枚の写真がプリントアウトできた。

 

昔のお店が坂下にはなくなってしまうが、今の私はここまで登るのが苦労である。

 

この街に生まれて、この町とここまで来た。

 

まあ、代わり方も驚くが東京そのものが大きく変わった。

 

神楽坂はそれでも江戸の景観を町つくりを残そうと町ぐるみで頑張っている。

 

今そのおかげで、海外の観光の方が、留学生が神楽坂に来たい、住みたいとくるのである。

 

 

教室にもここ十年以上留学生がたくさん来て、お花やお茶を習って帰った。

 

時には本国で教えている方もいて、頼もしいと思う。

 

 

ベランダのイチゴが育つ、今日はまた色が出て大きくなった。

 

さて今年は誰と食べようか、去年は新人の方と無花果を一つだけだったので半分こで面白い思い出であった、初めての無花果。

 

 

夏である、水を上げるのは本番、よろけながらもまだ何とかあげられる。

 

私は今、この大きなバケツをもつことで自分の体力をつけようと頑張る。

 

しあわせの四葉はないが、ないということはもう必要 でないのだろう。

 

その一枚の幸せは、今ここにあり、すべてに感謝である。

 

私の心の中にきっと住んでいるのだろう。

 

 

今日は鯉のぼりが泳いでいるのもみた、クローバーの素敵なたくさんの花もみた、幸せである。