
1996年のローザンヌ国際バレエコンクール。
NHKで放送されていたものを録画したビデオを未だに持っていて、落ち込んだときや、何もやる気がおきない時などに見ています。
ローザンヌ国際バレエコンクールとは、スイスのローザンヌで毎年行われる15歳から18歳までを対象とした、プロを目指すダンサーの登竜門ともいわれています。これまでにも熊川哲也さんなどの世界クラスのダンサーが出場し、その後も世界各地で活躍をしています。
バレエを習っていた頃は、毎年、同コンクールの放送を録画していたので、家には何本もテープがありますが、今でも手に取ってしまうのはこの1996年だけです。
(未だにVHSとか笑わないで下さい・・・)
何度も何度も見ている為、誰がどの作品、衣装、コメンテーターからどんな評価をもらったかまでを把握しています。
この年、日本人の出場者は女性三名。
どの方も上半身の繊細な動きは他国に引けをとらず、豊作年でした。
その中でも本当に好きなのが中村祥子さん。
私は彼女を超える日本人ダンサーを見た事がありません。
彼女の古典部門作品「パキータの海賊」の登場には大変驚かされました。
しなやかな肢体、上半身から流れ出るような感情表現、俊敏な動きに軽快なジュッテ(ジャンプ)。動きにアクセントがあって、一味効かせています。
雰囲気で流したり誤摩化したりせずに、真っ向から勝負している感じ。
見ていて気持ちがいいほどストレートに伝わります。
http://www.youtube.com/watch?v=I3f0yGHFOpA&feature=player_embedded
彼女はスカラーシップ賞とテレビ視聴者賞をW受賞しました。
その後ドイツのジョン・クランコ・バレエ・スクールに留学し、そのまま同バレエ団に入団するも、練習中に靱帯断裂というバレリーナ生命に関わる大怪我にみまわれ、退団とリハビリ生活を余儀なくされます。
それでも諦めずにリハビリを続けて、ヨーロッパでの「踊る場」を無くした彼女は、持ち前のバイタリティで次の「職場」を探します。
ウィーン国立歌劇場は小澤征爾が芸術監督を務め、言わずと知れた世界屈指の名門オペラハウスですが、ここのバレエ団員を募集していることを知った彼女は、100倍を超すオーディションを受け、これを突破したのです。
2000年、ウィーン国立歌劇場バレエ団に入団し、2001年にはルクセンブルク国際バレエコンクールで1位を受賞。
2002年同バレエ団ソリストに昇格。
2003年ヌレエフ版「白鳥の湖」で主役デビュー。
2006年にはウラディミール・マラーホフが芸術監督を務めるベルリン国立バレエ団へソリストとして移籍。
2007年9月より東洋人として唯一の同バレエ団プリンシパルへ昇格を果たしました。
日本人バレエ・ダンサーとしては、吉田都さんに続く実力派として、国際的な評価も高く、近年はヨーロッパのシーズンオフを利用して、 熊川哲也さんが主宰するKバレエカンパニーの夏公演にたびたび客演しています。
ちなみに熊川さんは1996年のローザンヌ国際バレエコンクールでは、審査員席に座っていたとか。
その頃から注目していたそうですが、あいにく中村さんは173センチの外国人顔負けのプロポーションなので、小柄な熊川さんとのパ・ド・ドゥは実現不可能らしいです・・・
http://www.youtube.com/watch?v=SVjslNk2PCA&feature=PlayList&p=759E4989F7B009BE&index=0&playnext=1
http://www.youtube.com/watch?v=GpQYeEivd10&feature=player_embedded
昨日、思い出してローザンヌのビデオを棚の奥から引っ張り出して見たのですが、なんと今日、たまたまテレビをつけたら彼女が出演していたので因果を感じずにはいられず、一人感動していました。
http://www.nhk.or.jp/einstein/archive/index.html
彼女の踊りは、ダンサーとしての資質や才能というよりもむしろ、努力で完成された芸術になっています。
自他共に認める練習好きで、「少し休みたい」「自分の時間が欲しい」「怠けたい」などと言う気持ちが芽生えた時、彼女は稽古場へ向かいトウシューズに履きかえ、稽古場で一人黙々と練習していたそうです。
プロポーションがいいのではなく、プロポーションがよく見える角度なら常に研究しているとおっしゃる姿勢が、そのまま彼女の媚びないバレエの魅力をより一層引き出していると思います。
ここにとても彼女というダンサーがよくわかる記事を見つけました。
http://www.newsdigest.de/newsde/content/view/696/17/
特に、日本人であることの強みは何かという質問に「まじめさ」という返事が返ってきたという内容・・・。
「あきらめないこと。その少しの違いが、大きなプラスに変わるんです。バレエはどこまでやっても終わりがありません。自分が探せば探すほど、得るものがあるんです。まじめにきちんとする姿勢やあきらめない粘り強さを、ほかの日本人ダンサーにも見ることができますね。ヨーロッパのダンサーが決してまじめじゃないと言うわけではないんですが、バレエは少しのまじめさじゃ足りないんです。消耗していても、あと少しやる。体がついていかなくても、力を振り絞ってあとひとがんばりする。
周りが、祥子はまだやってるよとか、祥子にはバレエしかないとか、劇場の外に出てみなよ、バレエだけが世界じゃないよとか、囁いているのが聞こえます。でもそれを振り切って、喜んでもらえる舞台を作るために自分の意志を貫くんです。それがなければ今の私はなかったし、それをやめるときが自分がバレエをやめるときだと思います。祥子はできるからもういいでしょうと言われるけど、それは違うんです。みんなは見ていないかもしないけど、人が帰った後に練習したからそれができるようになったんです。
人生はバレエだけじゃない、バレエばかりやっていたら得ることがないというみんなの気持ちもわかります。でも私には、踊るために生きることを与えられたという使命感があるんです。だから自分を成長させたい。人に感動してもらえることは本当にすばらしいなと思います。そういう職を与えてもらえたことに感謝しています。いい舞台をありがとうと拍手をいただいたときの喜びや、人のために何かをしたいと思う気持ち。バレエをやらなかったら、こういう感情はわからなかったかもしれません」
もうアスリートですね。
表現をするアスリート。
尊敬します。
たった2歳しか変わらないのに志高く、高校からドイツで生活して、色々なものを見て、いろいろなものを遮断して、贅肉をそぎ落として、ひとつの舞台に立っている。
(勝手にですが)苦楽を共にしたダンサーなので、こうして久しぶりに活躍を知る事ができたこと、とても嬉しかったです。
また来日するなら絶対観に行こうと思います。<