「君のブログと似た感性の文章に出会いました。」
畏れ多くも、尊敬する人生の先輩から、ある日素敵な記事をご紹介いただきました。
人間国宝の染織作家 志村ふくみさんという方の言葉です。
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自分の色というものは、
たった一つしかないのかもしれません。
それを求めてもらいたいと思いますね。
一つしかない色だけど、喜びや悲しみなど様々な感情、
刺激によって輝いていく。
その色に出逢うための人生じゃないですか。
それと同じように、
人の人生も織物のようなものだと思うんです。
経(たて)糸はもうすでに敷かれていて
変えることはできません。
人間で言えば先天性のもので、
生まれた所も生きる定めも、
全部自分ではどうすることもできない。
ただ、その経糸の中に陰陽があるんです。
何事でもそうですが、織にも、
浮かぶものと沈むものがあるわけです。
要するに綾ですが、これがなかったら織物はできない。
上がってくるのと下がってくるのが
一本おきになっているのが織物の組織です。
そこへ緯(よこ)糸がシュッと入ると、
経糸の一本一本を潜り抜けて、トン、と織れる。
私たちの人生もこのとおりだと思うんです。
いろんな人と接する、事件が起きる、何かを感じる。
でも最後は必ず、トン、とやって一日が終わり、朝が来る。
そしてまた夜が来て、トン、とやって次の日が来る。
これをいいかげんにトン、トン、と織っていたら、
当然いいかげんな織物ができる。
だから一つひとつ真心を込めて織らなくちゃいけない。
きょうの一織り一織りは
次の色にかかっているんです。
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思わず背筋がしゃんとします。
奇遇というべきか、私の名前は
まさしく綾織物から授かりました。
"経糸と緯糸が織り成すような人生を送ってほしい"
「名前の由来」という宿題で、小学生時代に母から
聞き出した答えなのですが、この記事に出会うまで
その多くを取りこぼしていたように思います。
綾
彩
文
「あや」という音を選ぶと、色が生まれ、言葉が生まれる。
大好きな名前です。これからも大切にしたいと思います。
それにしてもここ最近、件の記事を反芻しています。
私たちは毎日それぞれ唯一無二の機を織っている。
目の前に続く長い道の、その遠く遠く先へと意識を伸ばすと
これから横切るであろうまだ見ぬ緯糸に対して
「うん、大丈夫。」
趣くままに委ねてみようという穏やかな時間が流れ
知らぬ間に造り上げてしまったらしい自分の中にある
"しがらみ"をするりと解いてくれます。
また別の色を織り交ぜつつ、日々、私だけの色を試みたくなります。
そうだ!私は楽器も筆も持たない職人なのだ!!
と思うとどこか気恥かしさと可笑しさと。
何よりつくづく幸せだと思うのです。