数々の俳優、女優さんの訃報を耳にしてきましたが、これ程までに多くの悲痛の声を聴くのは非常に珍しく感じています。
人の命の燃やし方は、人それぞれに違うのでしょうが、燃えた後にこそ、その方の人生が見えるような気がしました。
そして、死とは「無」になることではなく、燃えた尽きた後に遺された方々の胸に宿る結晶こそ、ひとつの命が姿形を変える過程に過ぎないのだと、そんなことをふと考えていました。
目に見えるものだけがすべてではなく、どんなに能動態で生きようとしても、生かされていることを感じずにして、生きることはままならないのだと。
どんなに偉くても、どんなお金持ちでも、平等に訪れる出会いと別れのお話。
私も遺された人に、少なくとも楽しい談笑の傍らに存在できるくらいの研鑽を積んで、全うしたくなりました。
明日からの身のこなしが、少し背筋の伸びるくらい、縁も所縁もない女優さんからいただく、これもまた新しい「生」の形なのかもしれません。
ご冥福をお祈りいたします。