ある長い一日のはなし。 | Simon Says...〜食いしん坊OLグルメログ〜

Simon Says...〜食いしん坊OLグルメログ〜

はじめまして!彩紋です。
食べることが大好きなアラフォーです❤️
歳を取ることは大好き!!
その歳だからこその視点と時間を大いに楽しみましょう!
こちらでは私の日常の食べログと旅行記を気ままに発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

あれから一年。
今日という日にはいろいろな人の想いがあるだろうと思う。
わたしもあの日を振り返ろうと思う。

◆わたしのケース
お腹いっぱいで倦怠感に満ちた昼下がりの午後。
だらだらと続く坂道を昇り、待ちに待った金曜日の定時を打刻して今日も帰るんだろうと思っていた。

「あ、地震だ。」
人々の頭の上にエクスクラメーションマークがたくさんついているその時まさに。

わたしは取引先と電話中だった。
外国人と話すときくらいにテンションを上げないと追いつけない関西弁の名物おじさんは、こちらの異変にも気がつくことなくペラペラと話を続けた。

ゴーゴーと重々しい音を立ててビルは揺れ。
窓の景色を見ると、隣のビルがフレームから外れては戻り、右に左に。
書類が詰まったストレージは、レールに乗って大きくスライドした。
PCのモニターは今にも首が折れそうだった。

机の下に潜りたいけど、話が終わらない。
本題とは然程関係のない世間話は続く。
正直何も言わずに受話器を置きたい衝動にかられた。
どんな方向で話を終わらせたかはもう覚えていないけれど、印象的だったのは、最後まで取引先の人はこちらの緊迫感を察知することなく受話器を置いたということだ。
新幹線で2時間くらいの距離は意外と遠くにあるんだと思った。

上司が叫んだ。「棚から離れろ!自分の頭だけは守れよ」と。

既に日常から逸脱していた。ただ事ではないのだと思った。
いつ起きても不思議ではないと口々に囁かれていた、首都直下型地震というヤツがついにやってきたんだと。

テレビをつけると、お台場で火災が、千葉ではコンビナートが大炎上していると、報道番組は矢継ぎ早に告げた。

正直、わたしは間違いなく「被災者」だと思っていた。
あのおぞましい光景を目にするまでは。

大量の瓦礫を巻き込みながら、大きな波が街を飲み込んでいく様をモニター越しに見たときに、何がリアルだったのかというと。リアルに思えない感覚がリアルだった。

「すげー。ハリウッド映画みたい。こんな光景生きているうちにはもう見ないだろうな。」
ヘリコプターからの中継を見て、悠長にも他部署の部長が言った。正直みんなそう思っていたと思う。わたしたちは視覚的にバーチャルに侵され過ぎていた。

余震が続く中、18時の定時より営業を数時間延長して、事態を知った取引先から相次ぐ「サービスの可用性」を問う電話に対して、影響のない旨を伝える対応に追われた。

上から帰宅指示が出たときには既に交通手段は断たれていたので、同僚たちと身を寄せ合うことを決めた。
報道番組に不安を煽られながらも、情報収集は止めることなく、各自家族との連絡を試みた。

電話もメールもつながらなかったけれど、幸いなことに家族全員がインターネット電話が使えるアプリをダウンロードしていたおかげで、みんなが無事だということを確認できた。

安堵からか泣きたい気持ちになった。
父がこの世を去ってから、いつの間にかわたしは家族の中心にいて、非常時にはみんなわたしの指示を仰いだし、わたしもわたしで「何でもない」と戯けることに徹するのが常だったので、守る家族が今ここにいない心細さをどこにぶつければいいのかわからなかった。

同僚はそんなわたしに気づいてなのか、変顔をして笑わせてくれたり、手をつないでくれたり。
自分でいっぱいいっぱいな自分が恥ずかしい。
後輩にまで気を使われるなんて駄目な先輩だろうと嗜めつつ。
でも、今日は甘えよう。頼もしい後輩に。と素直に従った。

いつの間にかいつもの自分を取り戻して、女王様に君臨し直したときには夜の十時を回っていて、同僚達が贔屓にしている雀荘に移動することになった。
報道番組を見ていると気が滅入るので、楽しいことでもして気を紛らわそうという上司の計らいだ。

生まれて初めての麻雀は難しかった。
まず周期的にやってくる余震に集中力を妨げられ、ルールは何やらたくさんあるし、気がついたらスタンドが2~3人ついていて、ああでもないこうでもないと指示されるがままに、やっとのことでゲームを終え、蓋をあけたら結局わたしが首位タイにいる始末。(笑)

後にも先にも麻雀はこの日だけ。
こんな日に雀卓囲って一喜一憂している同僚をしみじみと眺めていたら、

アホみたいだけど。
子供のまま年をとった独身貴族ばかりだけど。
わたしはこの人たちとだったら、何があっても後悔しないだろうと思った。

瓶ビールはぬるくなり、ラーメンは伸びに伸びて、やっと電車が動きだした。
朝日が何事もなかったのようにビルとビルの間から昇り、街もそれに倣って日常を努める。不思議な光景だった。
あの朝が一番わたしにとって象徴的で、リアルだったと思う。

地球は絶えず回っていて、必ず朝はやってくる。
日常は突然前触れもなく壊されてもまた再生に向かって続いていく。

だらだらと続く坂道は、油断をしていたら下りもすれば昇りもするし、自分ひとりの力では到底太刀打ちできない大きな何かに翻弄もされる。

だけども、すべてを受け入れ、前に向かって進んでいくしかない。
わたしはあの日、何も失わなかったけれど、すべての失ってしまった人たちが、受け入れなくても朝はやって来ること、そんな朝はひとりの人間として限りがあることに気づいて、どんな絶望にも希望は芽生えると信じて、また道の上に立って今日を迎えてくれていたらいいなと思う。

余談。
今までわたしに「大丈夫、大丈夫」と励ましてくれた同僚は、あの後、電車の揺れにイチコロで、気がつくとわたしの肩にもたれかかって寝ていた。
わたしも気がついたら眠ってしまい、二人そろって京浜東北線を大船で折り返して、やっと家に着いた。

ある長い一日のはなし。