
昨日は母と千葉市美術館に行って来ました。
■田中一村 新たなる全貌
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2010/0821/0821.html
はじめて彼の作品に出会ったのはいつだったでしょうか。
たまたま母と買い物をしていた横浜そごうで「田中一村展」を催していて、立ち寄ったのがきっかけでした。
母「行ってみようか?」
私「うん!」
私も母も日本画が好きなので、そういうときの阿吽の呼吸といったら、もう。
そして直感に導かれるまま会場へ足を運び、雷に打たれ、即刻恋に落ちたのでした。(笑)
今となってはもう田中一村の美的感覚に絶対的な信頼を置いています。
ちょうどわたしの体が求めていた美術って、芸術って、こんな世界観をしていたのだなぁと。
一目観て参ってしまいました。
実は普段、美術館に行っても、気に入った作品がなければ、足を止めずに流し観程度の私なのですが、一村については余す事なく一枚、一枚を丁寧になめるようにして観ます。観てしまうのです。
そんな田中一村。
おそらく日本美術学校時代の同期の中に名前のある、東山魁夷ほどの認知度はないのではないでしょうか。
誰にも師事することなく、生涯の我流を貫き、輝かしい将来を有望視された少年時代とは対照的に、その画家人生のほとんどをことごとく中央画壇からは離れた位置で一生を終えました。
「これだけの才能がありながら、なぜ?どうして??」
疑問に思いながら説明パネルに目を移したところ、若い頃に自分なりの作風が支持されなかったことをきっかけに、一度今までの自分のタッチを殺した、とありました。
その際に上顧客も彼を後ろ盾するバックアップも全て縁を切ったようです。
(なんだか現代の日本の音楽業界と重なりました。)
それ以降の作品は所謂わたしたちが思い浮かべる日本画から大きく離れていきます。
しかし私は勝手にそれ以降の作品から琳派を感じていました。
(帰り道、母も同じ事を口にするのでびっくりしました。)
尾形光琳を思い起こさせる「燕子花図」屏風は、上の3/4が空白になっていて、下に群生する杜若の上部だけが描かれているのだけれど、なんとも魅力的でした。
あの空白を設計する才能。
色彩感覚と空間感覚。
これは私の勝手な解釈なのですが、どこの流派にも属さないからこそ、影響を受けたことは素直に作品に活かせるのではないのでしょうか。
それくらい田中一村の作風は百面相のようにころころ様変わりし、また、一本徹底した信念を感じずにはいられないのです。
母は草花を扱った日本画寄り作品を気に入ってるようですが、私はデザイン性、インテリア性の高い奄美時代の作品も好きです。

アンリ・ルソーを彷彿とさせる、鮮やかな色彩の中に寂しさを漂わせるダーク調。
とっても緻密で、静寂さえ覚える動きのない作風。
黒が多いからこそ輪郭に浮き立つ白は、幻想的な世界観にアクセントを加えていると思います。

自分の部屋に一枚あれば、きっと南国にいるような鮮やかな鳥を呼んで来てくれる事でしょう。
ちなみに雅号の「一村」ですが、最初は「米邨(べいそん)」を名乗ってました。
7歳のときに児童画展で天皇賞(文部大臣賞とも)を受賞し、神童の名を思うがままにした彼は、彫刻家である父親、田中彌吉(号稲村)によって、米邨(べいそん)の号を与えられたそうです。
(おそらくお父様が「稲村」なので、その子ということで「米邨」。)
そしてのちに自ら雅号を「一村」に変えています。
プロフィールによると、この「一村」という名は、南宋の詩人・陸游(りくゆう)の詩「遊山西村(山西の村に遊ぶ)」からとったもので、
**********************************************
「山重なり水複(かさ)なって 路無きかと疑えば
柳暗く花明かるく 又一村あり」
現代語訳:
畳なわる山、折れ曲がった川、もう行き止まりかと思ったら、
こんもり暗い柳、パッと明るい花々、そこに又一つの村があった。
見通しのきかない山の中で、もう路がないのだろうかと心配したら、にわかに目の前が開けて、柳の木やきれいな花が目に飛び込んできて、村が見えた。
これは、旅人が途中の景色を描写した、美しい箇所であるが、同時に人生について暗示しているところがある。
また、目の前に見えた美しい景色は、桃源郷を意識しているという解説もある。
**********************************************
とありました。
米邨 → (米村) → 一村
ん~。なんて、いい感性!
児童期の作品は今回初公開のものばかりだそうです。
当時からその類い稀なる才能はキラキラと輝いていました。
(添付の白梅図も9歳の頃の作品なのです!)

あぁ、本物なんだなぁ、と。
今更でしょうもないことを考えながら、同じ絵の前を何周も何周もしました。
いつも思うのですが、絵画でも音楽でも、人って感動を覚えるとなぜ涙腺を刺激されるのでしょうか。
何度も涙腺が緩んでは、きりっと思い直して鼻先をつんとつままずにはいられませんでした。
そんなことに心砕く私の隣にたまたま立ったおばさんが、思いっきりかくさずにハンカチで涙を拭っていたので、思わず現実に戻ってみたり。。。
他人の感動には結構興ざめしてしまう都合のいい自分がおかしかったです。(笑)