“なるべく早い時期にたくさんの卵を採取したほうがいい”


旦那も同意見だった。



35歳を過ぎると体外受精をする人はグンと増える。

テレビで見れば、そんな話も多いし。

不妊治療専門の病院で会うのは、私よりも年齢は上だろうと思う人がほとんどだった。


35歳を過ぎると妊娠すること自体難しくなることは知っていた。

そうじゃなくても、年齢を重ねるごと妊娠しにくくなることは分かっている。



なるべく早く始めた方がいい。



分かってはいるけど、現実を前にして私の気持ちは進まなくなった。

環境はガラッと変わる。

お金も無くなるばかりの生活になる。

注射は嫌だ。

採卵は怖い。

仕事も辞めるしかないのか。



作業療法士の仕事は、高校生の時からずっとなりたかった。

大学受験だって、作業療法士になる学科の学校しか受験していない。

大学生の時は、月曜~土曜まで9時から6時まで授業を受けた。

実習だって一度に7週もしたし、7回くらい実習した。

患者さんを支えるプレッシャーに負けそうで、

辞めたくなる時も何度もあった。


患者さんの笑顔が喜びで、嫌な事なんか吹っ飛ぶくらい好きで。

やりがいがあった仕事を、いざ辞めるとなると嫌だった。


経験が大切な仕事だから、いつまで離れるのか分からない状況になるのが怖かった。




“こどもはなくても、夫婦ふたりでもいい”

わたしはよく思っていた。



「子供がこれからずっといないなんて考えられない」

旦那はよく口にしていた。




“わたしだって欲しいけど!”

“全部をなくして低い可能性にかけるのは怖い!”

“負担は全部、女ばっかり!”



責任を感じてるだろう旦那には言えないけど、こんな風によく思って泣いた。

時に旦那にストレスをぶつけて、旦那もイライラして、喧嘩した。




気持ちは揺らいでいても、心のどこかで不妊治療をHMG法でやることを決めていた。

仕事はやめたくなくても、みんなの負担になる方が嫌だった。


責任だけは持ってやりたかったから、いつまでもスタッフに融通を利かせてもらうのは嫌だし。

急に休むことが多くて、患者さんの治療が遅れるのも退院が進みにくくなるのも嫌だし。



揺らぐ気持ちの中、主任に辞職の意思を伝える。

主任が背中を押してくれたのは嬉しかった。