(沖縄の見学の旅、続きです。)


沖縄3日目は、平和祈念公園へ行ってきました。

平和祈念公園のことは、ほんとうに恥ずかしながら、あまり知りませんでした。

毎年6月に戦没者追悼式がありますので、ニュースなんかで平和祈念公園で追悼式典が行われるのを目にしてるはずなのに、その存在には注意が全く払われていませんでした。

正直、申し訳なかったな・・・と思いながら、那覇市内のホテルから車で30分ほどのこの平和祈念公園へ向かいました。

平和祈念公園は予想以上に広く綺麗で、戦没者を慰霊するためにこれだけの広い敷地(米軍の基地に比べればそこまで広くはないかもしれませんが)が確保され、ある意味観光スポットにもなってます。

「何気なく来て、そのまま帰る」というパターンが大半かもしれませんが、やっぱり沖縄で大規模な戦闘があったという事実を少なくとも知ることが出来ると思うし、本当に意味がある公園だなと思いながら、ガラガラの駐車場に車を停めて、そそり立つ平和祈念堂に圧倒されつつ、まずは公園案内所からエントランス広場へ向かって、その先の式典広場へ足を向けました。

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訪れた日は日曜でしたが、周りに人はほとんどいません。

ただ、閑散として少し寂しいと思いながらも、ゆっくり静かに見て回れるのはありがたいなぁ、と、しみじみしながら辺りを目に焼き付けるように見て回りました。

式典広場から平和の丘につき当たり、左手に海の方角へ進むと平和の礎があります。

平和の礎の手前に池があり、その脇で外国人の親子を見かけました。
お子さんは日本語を流暢にしゃべっていたので、お母さんは日本人なのでしょう。
そして、お父さんはおそらくアメリカ軍の関係者の方だろうと推測し、アメリカの人はこの公園をどのような思いで訪れるのだろう・・・と、とりとめなく思いながらその先の黒く磨き上げられた花崗岩が並ぶ礎の広場へ向かいました。

その花崗岩に国籍を問わず、沖縄戦で亡くなった方の名前が刻銘され、現在も新たな戦没者の名前が追加刻印されているそうです。

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礎が立ち並ぶ間の通路を抜けていくと平和の火が灯されている海に面した広場に出ます。

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平和の火の先には断崖絶壁の素晴らしい景色が見え、ここで65年ほど前に壮絶な戦いがあって、この自分が立っている足元や、目の前の絶壁から身を投げた方がいるのか・・・・・と思いつつ、ひっそりとご冥福を祈り、少し高い土地にある国立沖縄戦没者墓苑がある摩文仁の丘へ向かいました。

ここには各県の慰霊塔があり、周囲の慰霊塔に目を向けつつ、自分に特にゆかりのある愛媛之塔と神奈川の塔へ向かい、黙祷を捧げました。

そして、国立沖縄戦没者墓苑へ向かおうとしていると、墓苑近くの園路沿いに売店があり、おばちゃんが「おに~ちゃ~ん、沖縄で20万人死んだ。花たむけてあげて。」と。

なんとなく、観光者にとりあえず花を買わせとけというような感じを受けたんですが、商売ですから当たり前だし、むしろ花を手向けれることはありがたいとも思い、おばちゃんから花を買い墓苑へ。

そこには、巨大な納骨堂があり、その前には献花台がありましたが、その献花台の上には砂埃がうっすらついていました。
掃除をしてもすぐに砂埃が舞い上がり、献花台に砂埃がついてしまうのかもしれませんが、しばらく花が手向けられていないためのような気もしながら、じつは本当はそれが献花台かどうかわからず、しばらく辺りをうろうろし、恐る恐る花を置いて黙祷しました。

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後で、売店のおばちゃんに聞いたらやっぱりそれが献花台だとわかり、年も年であることから、このような場所で粗相をするわけにはいかんとドキドキしながら花を置いたためやけにホッとしてしまいました。
それにしても無知は怖いですな・・・(汗)


そんなこんなで、その次は、そろそろ空港へ向かう時間も迫ってきたので、(恐らく)この公園で一番の高台であろう場所にある展望台から、摩文仁の丘からの景色を目に焼き付けて帰ろうと、とぼとぼ展望台に向けて登っていくと、そこにはやっぱり素晴らしい景色が待っていました。

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今は辺りは静かで、この景色を見ると心も落ち着くけど、65年前はこの海の遠く先にかなりの数の戦艦が見えたり、すぐ近くで砲撃の爆音が鳴り響いたりと全く今と違う光景があったのかな・・・と思いながら少し下を見下ろすと、木の茂みの間を黒い南国風の蝶がひらひらと飛びながら茂みの中へ消えていくのを見て、ふと白梅の塔で見た黒い蝶を思い出しました。

なんという蝶かわからない(黒アゲハ?)ですが、またまたなんとも言えない物悲しい気持になりながら、展望台の高台の突き当りにある黎明の塔へ向かおうとしていると、その展望台の脇に下へ降りていける小道があり、誰かが下りて行くのが目に入りました。

ちょっと気になりましたが、そのまま黎明の塔へ行くと(と言っても展望台のすぐ隣ですが)突き当りの柵の上に深い青色の、これまた名前がわからない鳥がたたずんでいます。

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あまり、近づくと逃げて行くかなと思いましたが、こっちが割と近づいてもほとんど動かず、飾り物かいな?とも思いましたが、高台の先端で遠くを見るように柵の上で佇んでいる名も知らぬ鳥は、何やら人間のように思案しているようにも見えました。

それから、あぁ、もうそろそろ時間だなと思い、来た道を引き返そうと、展望台を通り抜けようとしましたが、さっき人が下りて行った脇道が少し気になり、ちょっとだけ行ってみようと小道の階段を少し下りると、沖縄戦の最高指揮官が自決した壕がありました。

壕の傍へ行き黙祷を捧げて、さすがにもう引き返すか・・・と思いましたが、階段は、まだまだ続いていた為、今度はどうしても気になりひたすら降りて行ってしまいました。

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時間が気になりながらも階段を降りて行くと、今度は沖縄師範学校男子部等の生徒の慰霊塔である健児の塔があります。

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こんな離れたところにも慰霊塔があるのかと思いつつ、本当に戻らないと、と思いながらも、足は反対方向に向き、健児の塔の先にまだまだ伸びる通路を進み、草に覆われた小道のその先にまるで(言い古された言葉ですが)映画のワンシーンのように、急に海岸が目の前に開けてきます。

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摩文仁の丘の下の砂浜に出たようでした。

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そして、そこは一種の秘密の場所のようでした。

展望台の方からは確かにこの海岸は良く見えなかったし、岩山にも周りを囲まれて、知る人ぞ知る場所を自力で探した達成感というか、とても稀少な発見をしたようで得した気分だったのに、時間がないため、来た道をすぐ引き返しました。

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ダッシュで坂道を駆け上ったおかげで、その後、飛行機の時間にも間に合い、今回の沖縄出張(半分旅行と化していましたが、一応仕事はきちんとやりました^^;)は、自分にとってはとても貴重な体験だったなぁ~と、しみじみしながらこの日記第一弾を書いてから、こんな短い記事と言うか日記なのに、続きを書き上げるのに2か月もかけてしまいました。

沖縄から帰ってきてから、なんとなく気が重く、普段の生活もぱっとせず、やる気がないというか、ちょっと無気力な毎日を過ごしていました。

何故かはわからないのですが、兎に角、書く気が起こりませんでした。

でも、拙文ながらなんとか自分の貴重な体験をブログにアップすることができたし、一人でも多くの人が、沖縄について知ってもらう、戦争について知ってもらう、ひいては日本について少しでも考えるようになればと思います。

もちろん、自分もまだまだというか、沖縄や戦争のことについて、そしてひょっとすると日本のことについても、ほとんど何も知らないので、これからも勉強して、そして出来るだけ現場を見に行けたらと思います。

最後に、こんな長文駄文につきあって頂いてありがとうございました。