丹沢の麓の叔母さんはお盆にはたくさんおはぎを作って待っていてくれた。
大きなおはぎ、牡丹餅だ。
村からはたくさんの海軍方が海に散った。
母の婚約者も沖縄への輸送船で沈没。
叔母さんの牡丹餅はそれでたくさんである。
246に面した農家。
叔母さんの血筋はまるで甲賀のくのいちのような風貌。
国道246を守るのは女の務め怪しいスパイは入れないというのが代々の留守番勤務。
叔母さんはおはぎといつも子供の好きな卵焼きを作ってくれていた。
かまどで薪を使いまっくろなフライパンで作る卵焼きは最高だった。
いまだにあれを越えられない。
そのご大事な灰を送ってもらう。
今の茶室の炉に使う。
口では言えないがこの何百年もたつ灰がよい。
お陰で難しい炭の勉強ができている。
子供が大きくなり茶道に熱心と、
一番大事な囲炉裏の灰をいただく。
これも代々につなげてゆく覚悟である。
滅びゆくものでも人と人のつながりが大事。
何百年という伝統は、
生きた歴史を学べるし、
学べるような我々でなければいけない。
灰も佳し、炭も佳し、時代は流れるが流されないようにしたい。