猛暑がいきなり来た。
朝から頑張ってそばを湯でて、薬味を何種類も、量も多くして冷やして食べる。
今年はこれだ!
夏バテにならない。
蕎麦が良いというのは、前橋のおじさんで証明。
お昼は奥さんの手打ちのおそばを食べに社長なのに会社の車でくる。
毎日なのだ。
会社でも鴛鴦夫婦で有名で一族の長であった。
今はそのおじさんのお陰でそば通になる。
マイナンバーをもらいに新宿に行く。
修理を依頼したカメラも出来上がった。
西新宿からが良いといつもと違う駅で降りたが、二人で方向が分からない。
行きつ戻りつしていたら婦人警官の方が教えてくれた。
昔は車でも歩きでも通った道だが、今の変貌は迷う。
カメラが直って安心したがサービスセンターのある超高層のビルから歩いてきた、
歌舞伎町を見て唖然。
いつの間にかビルが乱立していた。
この迷路の中では迷うのが当然と思った。
新宿の役所にある明治時代に貴婦人の像。
玄関にあったので興味が沸いたが、
牛込納戸町のお屋敷町に住んでいたドイツの方らしい。
日本との文化交流をドイツからも進めた偉い人のようだ。
今日は夏のお点前の写真がない。
撮ったが写ってなかったのである。
一生懸命に協力してもらい残念であった。
こんなに暑くなると予想しなかったが葉蓋の葉は全部なくなる。
バラの水風呂で保存したので全部うまく使えた。
初めての方も多く、私はお昼も食べ忘れて教えた。
名水もよく冷えて、
新しい御幣としめ飾りを生徒さんが作り、
暑い夏になるというが、
毎年茶の湯の夏の工夫を学んでいると暑さを感じる暇なく夏は過ぎていく。
今日は葉蓋が好評だったので七夕にもう一度しようと思う。
さて、次はなんの葉でできるだろうか。
また見つけに出かけよう。
今一つ七夕の梶を見たのだが、思い出せない。
明日はその辺りに行ってみよう。
その前に、明日はまたカメラをもって修理のいく。
なかなか一度落とすと今の精巧なデジカメは微妙なのだ。
まあ、明日は一人で行くしかないがたまの新宿である。
おおいに羽を伸ばして、思い出横丁にも、
家内といけない、
40年ぶりのピットインも行こうか、
でもまだあるだろうか。
初めて黒人の生の演奏であった。
新宿は思い出ポロポロなのである。
60年 70年代は新宿なのだ。