そんなようにして9月になりました、自分自身と麻雀について。
昨夜は久しぶりに、実に一年ぶりくらいに徹で麻雀を行い、今日は昼から大学にちょっとした用事があったので少し寝てすぐに大学へ行って、用事が早く終わったので友達と卓球をした。
卓球と麻雀は僕が中学、高校で少なからず情熱をそそいだ数少ない分野かもしれない。別に卓球は部活とかでやったわけでも、だれかに真面目に教わったりしたわけでもないけど、なんだか遊んでいたら大分強くなった、中学卓球部くらいなら大体勝てるくらい。今日は元卓球部の友達とやって一勝四敗くらいだったけど負けのうち二つは一点差とか、まぁ五分みたいなもんだ。
麻雀を初めたのは中3くらいだったか、記憶は定かではないけれどそれからはまぁよく飽きもせずあんだけ打ってたなっていうくらい打ってた。運良くか悪くかたまたま友達に二人ほど自宅に全自動卓がある友達がいたので土日は彼らの家に行って打つことも少なくなかったけど、自分のメインの舞台はネット麻雀だった。「流れ」だとか全く信じてはいないけれど、なんだか麻雀に普遍的なものを求めるかのようにひたすらネットで打ち続けた、麻雀が誰よりも強くなりたいと本気で思っていた。初めてから今までで多分ネットで麻雀は大体三千半荘以上は打ったと思う、時間に換算すれば少なくとも数百時間以上、それは一日一時間毎日打ち続けても二年はかかる、少なく見積もってもそういう時間だ。
高3になって受験生になったらピタっと辞めるために特に高2の終わりごろにはなんだか病的にネット麻雀を打ち続けた、その時は第一の超上卓でRも1900を越えていた。
大学に入って友達とよく雀荘へ通うようになり(多いときには本当に週に六回とか行っていた。)またネット麻雀を打つようになった。
それは一般の人から見たらなんのことは無いかもしれない情報なわけだし、また真にネット麻雀を極めたような人ならばどうとも思わないことなのかもしれないが「千試合以上打ってもそう少なくない確率で平均順位に0.1以上のバラツキが出る」という事実をネットで知った。前者には意味が分からないかもしれないし、後者には当然の情報かもしれない。多分このブログを読む人は前者が多いと思うから簡単に説明すると「みんなが思っている以上に麻雀というゲームは運のみで勝敗が決まる」ということだ、それは一晩二晩打ったぐらいでは実力は分からないとかそういうようなレベルではなく、毎週日曜日は朝から夜まで一年間麻雀を打ち続けても勝敗は(あるレベルに達すれば)ほぼ運のみで決まる、ということだった。
これが決定的なきっかけになって自分は現実でもネットでも真剣に麻雀を打つことはなくなった。
結局自分は麻雀によって実に膨大な時間を失うことになった、しかしそれと引き換えに得たものはほとんどない。あえて言えば、一つ目は長い目で見れば大学の友達と麻雀を打ってなんとか場代分ぐらいは勝ち越せるぐらいの実力であり、もう一つは少しだけ精神的に打たれ強くなったということだ、麻雀は何千試合と打っていると本当に信じられないくらいツイていないことがあり、それを愛する程度の余裕が無いと続けられないものだ。それはあくまで「流れ」が悪いとかではなくて確率の範囲で滅多に起こらないような自分に不利な現象が立て続けに起こり得るという意味で。(自分はネット麻雀などで数十試合程度の結果に一喜一憂して、昨日はマジでついてなかったからもうやらない、を連呼する友達を見るたびに幼稚さを感じるようになった。本当にツイテいないということはそんなレベルではないものだ。一千時間打ち続ければ分かる。)
それはそれで悪くないと思うし、素敵なことだと思う。
以上なんだか無駄にアツく麻雀について語ってしまいました。