(お釈迦様って女性の事?) 3/31
私は、自分がなぜ今ここにいるのか、どうして職業が税理士なのか何度か考えたことがあります。母ですね。どう考えても。母が幼い私にお母さんは長生きできないけど、悲しまないのよと言い聞かせたからでしょう。その言葉には入院期間6年と子供ができなかった期間6年併せて12年の思いが込められています。その言葉を私は乳児の頃から刷り込まれてきたのでしょう。
家内が言っていました。お母さんが亡くなって、今度は私の番かなって思ってたけど、ともちゃんだった。私は永遠に2番。
従妹と墓の話をしたけど、私は今のままでいいと思っています。
納骨堂は裏事情知ってるから買う気になれません。仏壇も捨てました。でも、何かの記念は残しておきたいですね。
で、ベッドに寝っ転がって目の前のボードを見ると、ちゃんと母は飾っているのです。沈壽官作香炉の写真の裏に。残念ながら、ボードには父の居場所はなく、アルバムに写真があるだけ。
以下、話はアトランダムに
・空襲があった時、皆天文館方面に逃げ爆撃を受けたが、ばあさんはじいさんの手を引き、反対側の磯に逃げて助かった。
・ばあさんは所得番付を見て「あたいがコシャより上のはずがない」と言っていた。私は商工会議所小売部会の説明会でさつま屋の古謝社長に会って話をしました。所得は売上のことじゃない、利益の事だとばあさんに説明してあげたかったですね。
・ばあさんが亡くなった時、母は心に穴が空いたみたいと言っていました。僕も1年は母の夢を見ました。正確には、母に何かを買ってやろうとする自分の夢です。途中で嫌な奴が現れて「何言ってるんだ。もう死んだんだぜ」と言われ、そんな馬鹿なと思って目が覚めるって感じ。
・最近は、母の姿の夢を見ます。笑ってばかりいますね。
・叔父は父が亡くなってから、52年間父親代わりをしてくれました。最初会ったのは大阪万博の時。遠藤周作の本を読んでいました。自分を主張しない優しい叔父でした。
・その叔父の面倒は1つ上の従姉が見ていました。昨年11月に会いましたが、すごい美人です。劇団に所属し、山本周五郎の「さぶ」の公演で鹿児島を訪ね、仲間と一緒に母と楽しい夜を過ごしたようです。
・私は、紙芝居で正解を答えたのに、声が小さくて聞き取ってもらえませんでしたが、せっちゃんがちゃんと「この子も当たってる」と言ってくれました。
私は、所詮世の中は女性中心に回っているなと感じています。それは、うちの事務所でも一緒。
従妹・妹・家内と飲んでいて、次は僕の番で、おとなしい家内と妹は黙っているだけで、仕切っているのは従妹なんだろうなと思ったものでした。
身内に限定した話をしましたが、顧問先でも奥さんのことを中心に考えていることが多い気がします。
難しいことは分かりませんが、男は女の笑顔のために頑張っているだけじゃないかなー。
結果論として、最近そう思うことが多くなってきているような気がしています。
END