先週、ちょっとした旅行でハルシュタットを訪れる機会があったので、例の骸骨堂をもう一度見学してみようと思いついた。思えば前回の訪問は既に10年以上も前のことなので、どこにあったかすらほとんど覚えていない。改めて旅行案内所で調べてみると、ハルシュタットのカトリック教会敷地内にあるらしい。
今回、ハルシュタットにはあくまでもごく普通の物見遊山で訪れたので、納骨堂を見るために来たわけではない。というわけなので、カトリック教会へ行く前に、船で湖の向かい側へ渡ってみたり、この小さな町をとりあえず一回り散歩してみたりした。ハルシュタットは、オーストリア中部の湖水地帯、サルツカンマーグートにあるハルシュタット湖岸の小さな町だ。この湖は、西岸に沿って車道が、東岸に沿って鉄道が通っている。ハルシュタットの町は南北に長く伸びた湖の西岸の真ん中あたりに位置しているが、鉄道と駅は東岸を通っているため、鉄道でこの町を訪れる人は東岸の駅に到着した後、せいぜい20人くらい乗れるような小さな連絡船で向かい側に横断しなければならない。これに乗って駅へ行き、別の地区にある学校に通うらしい地元の子供たちもいるようで、通学のついでに手慣れた様子で船の職員の仕事を手伝っていた。
ハルシュタットは、湖岸と湖を囲む山の斜面の間にある狭い土地に中心街があり、山の急斜面にも家がぎっしりと張り付くようにたてられている。下の写真でもわかる通り、隣との隙間すらほとんど無いように建てられているように見えるが、斜面の上から眺めてみると、家の周りには、バルコニーかと思われるくらい小さな、猫の額ほどの裏庭がきちんとあったりするので微笑ましい。実は今年5月、洪水がオーストリア中部全体を襲い、ハルシュタットも町の真ん中あたりにある滝のような急斜面を流れる川が氾濫し、中心街が浸水してしまうという災難があった。まだそれから数か月しかたっていないが、洪水の爪あとはほとんど目につかないほどに回復し、ホテルやお店は通常通り営業していた。

問題のカトリック教会は、下の写真右側上部の白い建物で、斜面の中腹までに達する高い石垣の上に建てられている。写真の左側にある尖塔のある建物も教会で、ハルシュタットの絵葉書などでもひときわ目立つシンボル的存在だが、こちらはプロテスタント教会だ。16世紀には、ザルツカンマーグートにもマルティン・ルターの新教が定着しつつあったのだが、カトリック教会側から猛烈な迫害を受け、信者らは死刑や焼き討ちに処せられることとなる。1734年のある夜には、ハルシュタットとその周辺地域のプロテスタント300人が(女子供は数に入れられていない)、この地方で産出される岩塩の運搬用の船に乗せられて、現在のルーマニアのトランシルバニア地方まで追放されてしまう。1781年になってやっと、当時の皇帝ヨゼフ2世によってプロテスタント信仰が許され、1863年10月に現在のプロテスタント教会の建設が終了してから今年で150年になるということで、教会内ではちょうど特別展示会が開かれていた。

前置きが長くなったが、お昼を食べた後、最後にちょっと坂を上ってカトリック教会の方に赴くことにした。敷地に入ってまず目に留まるのは、これまた狭苦しい教会の庭園全体が墓地になっていて、所狭しと墓標が並んでいることだ。美しい装飾が施された鉄製や木製の十字架のある墓の一つ一つには、色とりどりの美しい花々が植えられているが、そのすぐ下の地面深くには棺桶が埋まっているのだ。普通なら、墓地というのは教会の庭園とは別に設けられているのだが、狭いハルシュタットにはそんな余裕はないというのがよく理解できる気がする。
教会の入り口の左側の通路を通り抜けるとハルシュタット独特の納骨堂がある。入り口にいるおばさんに入場料を払うと、説明書きを貸し出しているので入る前にもらって読んでみた。入り口の錆びかかった鉄の扉には、頭蓋骨と斜め十字に交差した大腿骨の絵が浮き彫りされている。この納骨堂には、新しい墓を作る際に、古い墓を掘り起こして出てきた故人の頭蓋骨と大腿骨が収められている。下の写真はうちのカメラで撮ってもらったものだが、とんでもないピンボケで使い物にならないので、拡大できるけどしないほうがいいでしょう(泣)。


以前のブログでも説明した通り、これらの頭蓋骨には故人の名前・生没年月日が草花の模様の装飾と共に書き込まれているが、中には生前の職業まで書かれているものもあった。A4の紙一枚の説明書きで読んだことには、ハルシュタットにおける墓地の土地不足は近年解消されつつあり、それというのもここ数十年のうちに死後に火葬を希望する住民が大幅に増えたのが原因なのだという。火葬となれば、今度は骨壺を収容する納骨堂が必要になるが、それがどこにあるのかは聞きそびれた。墓地に埋葬される遺体が減れば、墓を掘り起こす頻度も減るということだから、納骨堂に収められる頭蓋骨もどんどん減少するのだろうか。
また、これも以前のブログに書いたことだが、前回にここを訪れた時に、周りに比べてとりわけ新しい頭蓋骨を発見した。今回説明書きで読んだのが、やはり想像していた通り、この頭蓋骨は死者が生前に特に希望したために、この納骨堂に収められたのだという。それは1980年代前半に亡くなった女性の頭蓋骨で、生前の希望は遺書にも明記されていたため、亡くなって約15年ほど経った1993年頃(記憶が定かでない)墓から掘り起こされ、こちらの納骨堂に落ち着いたそうである。2枚ある納骨堂の写真のうち、下の写真は拡大しても何とか見るに堪えるかなという状況だが、上の段の前列左から4番目の骨がその女性のものだ。蛇のような模様が頭のてっぺんに描かれていて、向かって右側に一本だけ残った金歯がぎらついていたいたのがやけに印象に残っているが、上の写真でもその様子がなんとか分かるかもしれない。
一緒にいたうちのパートナーと一緒に、目の前に並ぶ610個の骸骨の死亡年月だの頭蓋骨の模様だの相当長い時間眺めていたが、どういうわけかちっとも怖いとは感じなかった。私たちの他にも、納骨堂には何人も観光客がいたが、スペイン人らしい若いカップルの女の子の方が、骸骨の山の前でポーズをとって、にこやかな笑顔で記念写真をとってもらっていたので面食らった。ドイツ人のグループの中の中年女性は、「こんなもの見たの初めて」とすっかり怖気づいてしまっていた。その横で私たちは、いろいろな色や形の骨を観察し、「頭蓋骨だけで死因が分かったりするのかな」などと話し合ったりしていた。すると、そのとたん頭のてっぺんにでっかい穴のある頭蓋骨を見つけて、「これは何やらの手術の痕か、もしや・・・」などと憶測を巡らせたのであった。
そしてさらにびっくりしたことには、旅行後にこのブログを書くためにいろいろ資料を集めていたら、なんと、この納骨堂を日本からでも360度ぐるりとバーチャルに眺めることができるサイトがある。これはハルシュタットのカトリック教会の教区のウェブサイトに付属しているもので、「故人を偲びつつ、世界的に有名なハルシュタットの納骨堂をバーチャル散策してみましょう」とウェブサイトには書かれている。こんなに大っぴらに、いわば610人の人間のお墓を、教会が撮影して公開しちゃって大丈夫なんだから、おおらかなもんである・・・。
上記以外参考ウェブサイト
hallstatt.net
(英語あり)
追記
ハルシュタットの骸骨堂について、自分で撮影した画像がまずいので、あるYoutubeのビデオをお借りしようと、撮影主の方に問い合わせていたのだが、なんだかいろいろ手間取ってしまってブログ公開に間に合わなかった。それが、やっと今日OKの返事を頂いたので、こちらの追記に添付したい。教会の映像は1:07、納骨堂はちょうど2:00くらいから、一番新しい金歯の骸骨は2:54で見られますが、その他にも町全体の景観が堪能できます。
撮影 moviemaster11188さん。ありがとー。