今日、ふと気が向いたので、久しぶりに心霊怪奇現象を扱うドイツのウェブサイト「GasterNet.com
」をチェックしてみた。このブログでも何度も参照させていただいている貴重な資料で、そろそろ何か新しい話題をまた紹介したいなあと思っていた折である。
そうしたら、長い間見ないうちに新しい記事が驚くほど書き加えられている。「これは一日で読みきれる量じゃないなあ」などと考えながら、ページをめくっていたら心霊写真の項目があった。すでに世界のオカルトファンにお馴染みになっているような、有名な写真もいくつか掲載されているが、そのうちの一つがいわゆる「炎の中の少女」と呼ばれる写真で、日本でも多くの心霊・オカルトファンが、既に一度はお目にかかったことがあるものだと思う。
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「炎の中の少女
」(ページの一番上の写真)は、1995年11月19日、英国中西部のシュロップシャー州の市庁舎が火災に遭った時、トニー・オラヒリー(Tony O'Rahilliy)という地元住民がその模様を撮影したものとされている。4週間後に写真を現像してみたら、炎の中に一人の少女が佇んでいるのを発見したという次第らしい。オラヒリー氏が、この写真を「異常現象科学検証協会」(Assosiation for the Scientific Study of Anormalous Phenomena)という研究機関(?)に持ち込むと、写真はさらに、前王立写真協会の会長であったヴァーノン・ハリソン氏の鑑定に委ねられた。その結果、この写真は確かに「心霊写真」であるとのお墨付きを得ることとなる。
かのシュロップシャーの市庁舎では、1677年にも火災が発生しているが、当時の記録によれば、火災原因は、ジェーン・チャームという少女のろうそくの火の不始末であるとされている。その後何年か経ってからも、市庁舎にこの少女の幽霊が出る、と噂されていた。
一方、この心霊写真の真偽を疑う声も大きく、1996年には英国のテレビドキュメンタリーでそのことが検証され、様々な目撃者や専門家の証言を得たにもかかわらず、結局意見は分かれたままに終わった。それから10年以上の後、ドイツの科学検証番組の「ガリレオ・ミステリー」の2009年4月24日付放送で、この心霊写真の特集番組を組んで再び検証が行われたが、単なる錯覚や見間違いとしか説明のつけようがない、という結果となった(注 筆者のしみずゆみは、当時この番組を見た覚えがある)。
ところが2010年、北シュロップシャー地方はヴェム市の住民で、77歳のブライアン・リアという老人が、
地元の新聞である「シュロップシャー・スター」に掲載されていた古い絵葉書の中に、ある興味深いものを発見する。それは、1922年当時のヴェム市を撮影した絵葉書で、老人によると、この絵葉書の左端に写っている少女が、例の「炎の中の少女」にそっくりであるというのだ。比較してみると、少女の帽子のつばやワンピースのような衣装だけでなく、光の加減も「心霊写真」の少女と驚くほど一致している。
この当時、写真の撮影者オラヒリー氏は既にこの世の人ではなく、大発見をした老人も、写真の真偽等については特に口を挟まずに自ら見出した事実だけを示し、「信じるか信じないか、人々の想像にお任せする」などと、かなり控えめな意見であった。
上のような発見があったとはいっても、それでも例の「心霊写真」が合成だの偽造だのとは一概には断定できないようだ。なぜなら、写真の中で少女が立っているその場所に、火災後に子供靴の足跡が発見されており、また消防士らは、焼け跡で幽霊のようなものを見たと証言しているからだ。また、この市庁舎は、以前から幽霊が出ると評判の場所だったのだ。
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いまだ謎の解けないこの「炎の少女」に関しては、日本でも検証番組が組まれたようだが、筆者は残念ながら見ることができないので内容は知らない。この今日のブログが、同じような内容だったらあしからず。
次のブログからは、あるポルターガイスト現象が起こる家について紹介したいが、すごく長い記事で読むのが大変なので、いつになることやら・・・。
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参照 "Das Mädchen im Feuer" GeisterNet.com
サイトの下の方で、問題の絵葉書や「炎の少女」との比較の写真も見られます。
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