退職後の信吾 6
清水景允
太田区民大学の「哲学の会」について、1997年に講談社から出版された先生の著書「哲学の風景」の中に面白い記述がある。
日本哲学会理事長、日本科学哲学会会長を歴任され、日本を代表する哲学の先生の人柄を伺い知る事の出来ると同時に、現代、地球上で抱えている問題解決に対する糸口が見え来るので、ここに原文のまま紹介する。
かって私は東京の大田区の区民大学で、主婦を中心とした人たちに、夏のあいだ哲学の講義したところ、もっとつづけて欲しいという要望があり、それから毎月一回ずつ「哲学の会」という集まりをもって、現在で九年目になる。
あるとき、その人たちに「これだけ長く哲学を抗議してきましたが、どのように役にたちましたか」ということを聞いたときに、一人思いもかけない答えが返ってきた。しかもその答えは、私の目をハッと覚まさせた答えでもあった。それは、ある年輩のご婦人だったが、「いままで嫁と喧嘩ばかりしていたけれども、先生の話を聞いてから嫁とすっかり仲がよくなりました」と答えたのである。私は別に「嫁と仲良くなる方法」を話したことはなかったし、ギリシャの哲学の話をしたり、カントの話その他の哲学の話をしていただけである。なぜそういう答えになったのかと、いろいろと考えているうちにハッと気が付いたところがあった。要するにそのご婦人は、ある歳からずっと同じ考えで、「私はこうして生きてきたし、嫁はそれと違った考え方なのだからしょうがない」と、そういう目で嫁を見つづけてきただろうと思う。ところが私の話を聞いているうちに哲学というのは、普通の人が考えているようなこととは違った別な様々な考えをする、ということが分かり、世のなかにはいろいろと自分とは違った考え方があるのだということ知り、そこで自分の考え方をちょっと変えてみようと思ったらしいのである。変えてみたら、そして話し合ったら、すっかり嫁の考え方が分かり、仲が良くなったということなのである。
違った思想の人と話し合うことをしないで、自分の思想としかつき合うことしか知らなかったのだが、こういう違った思想をもっている人もいるのだ、ということを一番良く教えてくれたのが彼女にとって哲学だったのである。そういうことを通じて思想がだんだんと単純思想でなくて複雑思想になってくる、そのことで初めて世のなかをいろいろな違った目で見ているうちに、「自分と違ったいろいろな考え方がある」けれども、「自分はこれが良い」ということで自分の考え方を選び取っていくのであって、小さいときからなんとなく習慣で考えてきたものだけで事物を見る、ということだけが正しいことではないことが分かったのであろう。そういうことが哲学の役割であると私は気づいたのである。私はそのご婦人の言葉を聞いて以来、哲学の個々人に対する役目は大脳の固定化を妨ぐ潤滑油であり、社会に対する役割は観光旅行のガイドのようなもの、すなわち思想のガイドではないかと思うようになった。(「哲学の風景」まえがき9ページから11ページ原文)
哲学の第一人者である沢田先生が哲学の役割を再認識するのであった。
清水景允
太田区民大学の「哲学の会」について、1997年に講談社から出版された先生の著書「哲学の風景」の中に面白い記述がある。
日本哲学会理事長、日本科学哲学会会長を歴任され、日本を代表する哲学の先生の人柄を伺い知る事の出来ると同時に、現代、地球上で抱えている問題解決に対する糸口が見え来るので、ここに原文のまま紹介する。
かって私は東京の大田区の区民大学で、主婦を中心とした人たちに、夏のあいだ哲学の講義したところ、もっとつづけて欲しいという要望があり、それから毎月一回ずつ「哲学の会」という集まりをもって、現在で九年目になる。
あるとき、その人たちに「これだけ長く哲学を抗議してきましたが、どのように役にたちましたか」ということを聞いたときに、一人思いもかけない答えが返ってきた。しかもその答えは、私の目をハッと覚まさせた答えでもあった。それは、ある年輩のご婦人だったが、「いままで嫁と喧嘩ばかりしていたけれども、先生の話を聞いてから嫁とすっかり仲がよくなりました」と答えたのである。私は別に「嫁と仲良くなる方法」を話したことはなかったし、ギリシャの哲学の話をしたり、カントの話その他の哲学の話をしていただけである。なぜそういう答えになったのかと、いろいろと考えているうちにハッと気が付いたところがあった。要するにそのご婦人は、ある歳からずっと同じ考えで、「私はこうして生きてきたし、嫁はそれと違った考え方なのだからしょうがない」と、そういう目で嫁を見つづけてきただろうと思う。ところが私の話を聞いているうちに哲学というのは、普通の人が考えているようなこととは違った別な様々な考えをする、ということが分かり、世のなかにはいろいろと自分とは違った考え方があるのだということ知り、そこで自分の考え方をちょっと変えてみようと思ったらしいのである。変えてみたら、そして話し合ったら、すっかり嫁の考え方が分かり、仲が良くなったということなのである。
違った思想の人と話し合うことをしないで、自分の思想としかつき合うことしか知らなかったのだが、こういう違った思想をもっている人もいるのだ、ということを一番良く教えてくれたのが彼女にとって哲学だったのである。そういうことを通じて思想がだんだんと単純思想でなくて複雑思想になってくる、そのことで初めて世のなかをいろいろな違った目で見ているうちに、「自分と違ったいろいろな考え方がある」けれども、「自分はこれが良い」ということで自分の考え方を選び取っていくのであって、小さいときからなんとなく習慣で考えてきたものだけで事物を見る、ということだけが正しいことではないことが分かったのであろう。そういうことが哲学の役割であると私は気づいたのである。私はそのご婦人の言葉を聞いて以来、哲学の個々人に対する役目は大脳の固定化を妨ぐ潤滑油であり、社会に対する役割は観光旅行のガイドのようなもの、すなわち思想のガイドではないかと思うようになった。(「哲学の風景」まえがき9ページから11ページ原文)
哲学の第一人者である沢田先生が哲学の役割を再認識するのであった。