~人は、誰かにとっての登場人物である~ -20ページ目

~人は、誰かにとっての登場人物である~

不動産会社勤務。仕事中にアパートの孤独死に触れ、
「人は、だれかに影響できる」というシンプルな事実に気付きました。仕事や家庭、その他、登場人物としての日常を、気づきとともに綴ります。


『3月文庫Ⅲ』


雲の上で太陽が
光り輝いていることを

君は知りながら
3月の道を歩く


電気をつけた部屋で
静かな時間を過ごしながら

安らぎという
言葉の意味を生きる


約束は
手を伸ばしても
届かない場所にあって

春一番を待つ
その瞳が
潤んだなら

胸に手を当ててごらん



たとえば
指先のあかぎれが
脈に合わせて
じんじんと痛むように



雨が入り込んだ靴の中で
靴下と足の指に
水が染みていくように


寄り添うように
それは生きているから


もう
気づいてあげなよ



梅の花も
また去年とは
違う顔をした
君が通るのを待っている


3月に吹く
心風

一面に
草原を撫でるようにして



さわさわと

行き過ぎている



君は
人差し指を
少し舐めて


その風に
かざしてみるだけでいいんだ
ねえ
優しい風を
受け止めないままで

嗚呼
桜の咲く場所に
たどり着けはしないよ


ねえ
泥だらけの足の
裏も洗わなきゃ



ナイフを持った時点で
自分が傷ついたこと

隠せるわけないじゃないか



小さな嘘を
積み重ねては
前だけ向いて
大言壮語も吐いた


足りなかったのは
何よりも
自分の弱さを
見つめることだよ


目をつむって
歩けるかい

耳を塞いで
聞こえるかい

肌を隠して
感じられるかい



そうだよ
いつだってそうだ
間違えること
やりきれないことはあるさ


それを
飾らず悲観せずに
ただ見つめられたなら



どんなに
深手を負った翼も
無限の高度へまた飛べる!

そうだね
君がどんなときも
建設的であるように
今を礎にできるんだ


イッツオールマイン

イッツオールマイン



自分の大事な
弱さや恥ずかしさ


イッツオールマイン

イッツオールマイン



迷いの森で拾った
木のクズを愛せるくらい


イッツオールマイン

イッツオールマイン



もう何一つ
仲間はずれに
したりしないよ



イッツオールマイン

イッツオールマイン



桜は枯れ木の
自分でさえも
愛するだろう


ただ身に起こる変化を
全て愛して


春を待つ
在り方よ




僕を今
吹き抜ける


あたたかな樹液の
流れる音がする


それらも全部


大事な僕のものだって


ドクンドクンと
止めどなく
脈打っているんだ

なぜ
右腓腹筋だけが
痛むのだ


左腓腹筋は
痛まないのに



いつ
右腓腹筋は
痛んだのだ


今も
左腓腹筋は
痛まないのに



嗚呼
右腓腹筋を
集中治療したいが


そうすると
左腓腹筋を
酷使してしまう







バランス
トレイヤ

バランス
トレイヤ



嗚呼
麗しの右ふくらはぎ